新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

シャーロットの宝石

 ドゥエイン=ライメルに"The Jewels of Charlotte"というクトゥルー神話短編がある。ライメルの作品で邦訳されている「アフラーの魔術」「墓を暴く」「山の木」の3編はすべてラヴクラフトとの合作だが、"The Jewels of Charlotte"も彼の手が加わっているかもしれないと『H・P・ラヴクラフト大事典』にある。スペイン語に翻訳されたときはラヴクラフトとの合作という触れ込みだったそうだ。
 "The Jewels of Charlotte"は「山の木」と同じくコンスタンティン=ターニスが主役で、休暇中にあった奇怪な出来事を彼が友人のシングルに物語るという内容だ。ハンプドンに滞在中、ターニスは不思議な鐘の音を聞く。金色の響きとでも形容すべき美しい音だったが、地元民は一斉に恐れおののいていた。
 その晩、ターニスが泊まっている宿屋の隣室から話し声が聞こえてきた。彼らは連邦政府のエージェント2名と地元の保安官で、あの鐘の音にまつわる話をしていた。ちなみにエージェントたちにはサージェントとロバーツという名前がついているのだが、わざわざ区別する必要があるほどの活躍はしない。
 ずいぶん昔、クルスという男がどこからともなくハンプドンに来て丘の上に居を構えた――と保安官は語った。クルスにはシャーロットという一人娘がいた。とてもきれいな子だったが、転落事故で亡くなってしまった。嘆き悲しんだクルスはどこかに墓を作ってシャーロットを葬ったが、その墓にはすばらしい宝石が埋めてあるという噂が流れるようになった。
 向こう見ずな5人の若者が宝石を探しに行った。夜遅くに帰ってきた彼らがいうには、隠し場所を見つけたことは見つけたが、言い表しようのない理由から尻込みしてしまったので立ち入らなかったそうだ。次の日、彼らは熱に浮かされたように出かけていったきり二度と姿を見せなかった。その日の午後8時に人々は美しい鐘の音を聞いたという。
 話はそれで終わりではなかった。今から1カ月ほど前、怪しげな2人組がクルスの家の近くに住み着いたのだ。彼らはクルスから宝石の在処を聞き出そうとしたが、クルスは怒って叫んだ。大きな声だったので、藪の中で様子を窺っていた保安官にもはっきり聞こえたそうだ。
「あの石をいじろうとすれば、また鐘が鳴るぞ!」
 ターニスは翌朝エージェントたちと保安官に会い、話を聞いてしまったことを包み隠さず打ち明けた。彼らはターニスの協力に感謝し、クルスを訪問することにした。クルスの家――といっても掘っ立て小屋に近い建物だが、傾いだ煙突から煙がうっすらと立ち上っている。保安官がドアを叩くと、クルスが出てきた。
「奴らはわしの娘の墓を暴こうとした――あの子のきれいな石も!」とクルスはいった。「だが、わしは言ってやったんだ! 昨日の晩――鐘が――また鳴ったんだ! 黄金の鐘が!」
 ターニスたちは保安官に促されて立ち去ることにしたが、クルスは独り言のように話し続けていた。
「鐘はすぐにまた鳴るだろう――わしは方法をよく知ってるんだ……古の門を通って――彼方へ――そこでは……イースではシャーロットは――毀されることもなく――わしも行かねば――」
 自動車のエンジンの音が声をかき消してしまったので、もっとも重要な鍵となったかもしれない言葉は聞こえなかった。その日の晩、ターニスが出立するときに鐘の音が宵闇の中で響いていた……。
 この作品の初出はUnusual Storiesの1935年5-6月号なのだが、ラヴクラフトは1935年6月30日付のライメル宛書簡で「最近のUS誌の中では抜群に最高ですよ」と褒めている。同じ号にはロバート=バーロウの"The Experiment"も載っていたのだが、これは二人の学者が幽体離脱の実験をするという掌編。身体から離れた被験者の精神は過去と未来をさまようが、奇怪な人外の敵に人類が滅ぼされる光景を目撃して悲鳴を上げる――という話で、さほど興味を惹くようなものではない。
 "The Jewels of Charlotte"に話を戻すと、何といってもイースへの言及がある点が注目に値するだろう。この作品をラヴクラフトが読み終えたことは1934年8月23日付のライメル宛書簡に書いてあるので、その時点で完成していたことになる。「超時間の影」の執筆開始が1934年11月10日なので"The Jewels of Charlotte"のほうが先行していると考えてよい。
 鐘の音はイースへの門を開く合図か何かなのだろうか。シャーロットがイースで幸福に暮らしており、クルスもそこで彼女と再会できたことを願わずにはいられない。なお、この作品はAcolytes of Cthulhuに収録されている。私が持っているのはヒューストンの公立図書館が廃本処分にしたハードカバー版だが、現在はタイタンブックスからペーパーバックと電子書籍で復刊されている模様だ。

Acolytes of Cthulhu (English Edition)

Acolytes of Cthulhu (English Edition)