新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

永き思い出

 Long Memories は、ピーター=キャノンが晩年のフランク=ベルナップ=ロングとその奥さんの思い出を綴った本である。版元は英国幻想文学協会で、定価は5ポンドだ。70ページに満たない薄っぺらな小冊子なのに高いと思われるかもしれないが、クトゥルー神話の舞台裏にある人間ドラマを知りたいと思う方なら買って損はない。ラムジー=キャンベルによる後書がついているのでお得感がある。
 クトゥルー神話ファンなら大概はロングの名前を知っているだろうが、ラヴクラフトの親しい友人だったということ以外では彼は世間の注目を浴びなかった。「ロングはヘボ作家だ。常にそうだった。でも彼はステキなおじいちゃんだ」というリン=カーターの言葉をキャノンは紹介しているが、キャノン本人の見解もそれと似たり寄ったりである。ロングの作品を読めば読むほど、彼らの評価がまっとうなものに思えてくるのが何ともつらいところだ。
 ロングは90過ぎまで生きたが、晩年は赤貧洗うが如き有様で、キャノンやロバート=プライスなど知り合いの援助に頼っていたという。亡くなったときは葬式の費用すらなく、ニューヨーク市当局が彼を無縁墓地に放りこんだので、キャノンたちはロングを先祖代々の墓に埋葬し直すために寄付を募らなければならなかった。その時、もっとも多額の寄付をしたのはスティーヴン=キングだったそうだ。葬儀に際しては、神学者を本職とするプライスが牧師の役目を務めた。
 ラヴクラフトと共に過ごしていた時期がロングの人生でもっとも幸福な時期だったのかもしれないとキャノンは述べている。歴史に名を刻むほどの業績を残した者も「ラヴクラフト・サークル」には多いが、誰もが成功者になれたわけではない。「どうしてキングの本が売れて、僕の本が売れないんだ」などと愚痴をこぼすロングや、奇矯すぎる性格の夫人に振り回されるキャノンやT.E.D.クラインの姿は悲喜劇の様相を呈している。
 時としてロングはラヴクラフトの思い出を語り続けるためだけに長生きしたように見えることがあるが、この本でも彼はいくつか小話を披露してくれている。たとえば「ハート=クレインが同性の恋人と付き合っていることは傍目からも明らかだったが、ラヴクラフトがそのことを知っても彼とクレインの友情に変化はなかった」といった具合だ。もちろん全部を鵜呑みにはできないのだが、人間ラヴクラフトの素顔を垣間見せてくれるものとして興味深い。
 自分も道を誤ればロングのようになるのかという思いがキャノンの脳裏をよぎったことがあるそうだが、後書でキャンベルも同様のことを述べている。ロングはクトゥルー神話作家の夢と現実を象徴する存在なのだろう。あるいは、だからこそ私も彼のことが気になって仕方ないのかもしれない。