トンプソン事件
ちょっと、簡単にクトゥルー神話の紹介をしてみました - Togetter
とてもわかりやすい解説なのだが、C=ホール=トンプソンの「深淵の王者」にダーレスが圧力をかけたというのは厳密には正しくない。ダーレスが苦情をいうきっかけとなったのは「深淵の王者」ではなく"The Will of Claude Ashur"であり、その経緯をピーター=ルーバーがArkham's Masters of Horror で語っている。
「深淵の王者」はウィアードテイルズの1946年11月号に掲載された。ダーレスは快く思ったわけではなかったが、そのときは何もいわずに見逃している。続いて1947年7月号で"The Will of Claude Ashur"が発表された。故・那智史郎氏も『新編真ク・リトル・リトル神話大系』の解説で言及しているが、これはクロード=アッシャーという男の邪悪な精神が他人の肉体を乗っ取って生きながらえ続けるという話で、ラヴクラフトの「戸口にあらわれたもの」と露骨に似通っている。またアッシャーはミスカトニック大学に通っていたが、『ネクロノミコン』などの魔道書を読んだために放校されたという記述が見られる。
"The Will of Claude Ashur"が世に出るに及んで、ダーレスは行動に踏み切った。トンプソンのエージェントを務めていたラートン=ブラッシンゲームに彼は書簡を送り、それには次のように書いてあった。
ワンドレイと私からお願い申し上げねばならないのですが、トンプソン氏には私どもの立場を御諒解いただきたく存じます。このような文学的財産をトンプソン氏の作品でさらに使用することは御遠慮ください。これらの文学的財産を用いた作品を他にも売ったのであれば、発表の前に改稿すべきであります。もしもトンプソン氏がラヴクラフトの文学的財産を使用したいのであれば、まず私どもに御連絡いただきたく存じます。トンプソン氏は才能豊かな作家であり、ラヴクラフトの財産の使用は氏の作品の成功には何ら不要であるというのが私どもの考えであります。それ以外の点では氏の作品はよく書かれており、筋書も見事であるように思われるからであります。
後にラムジー=キャンベルがトンプソンのことを訊ねたところ、彼がクトゥルー神話小説を書きたいといえば書かせてやるつもりだったのだとダーレスは答えたそうだ。まずは自分に話を通せということだろう。しかしトンプソンは二度と神話作品を書こうとせず、西部小説に鞍替えした。
少し前にダーレス自身がコナン=ドイルの息子から同様の圧力を受けていたことを考えると(参照)、トンプソンとの一件は皮肉というしかない。ダーレスの真意が奈辺にあったのかは謎だが、彼のしたことの是非を判断するには"The Will of Claude Ashur"を読む必要があるだろう。Acolytes of Cthulhu に収録されているものが入手しやすいのではないかと思う。何ともいえず後味の悪い話なのだが、そこが気に入るという人もいるはずだ。
- 作者:Arkham House
- 発売日: 2000/05/01
- メディア: ハードカバー
- 作者:Price, Robert M.
- メディア: ハードカバー