新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

カメレオンの街

 キングスポートを舞台にした小説をカール=ジャコビが書いている。"Chameleon Town"という短編で、1975年にアーカムハウスから刊行されたアンソロジーNameless Places に収録されている。郵便チェスを通じて知り合った5人がチェックメイツと名乗り、自動車を駆ってニューイングランドを旅するという話だ。彼らがやってきたのがキングスポートである。
 5人の中ではジェイムズ医師だけが米国人で、残りの4人は英国・カナダ・メキシコからジェイムズ医師に会いに来た人たちだ。4人の友達をホテルに残し、独りで波止場を散策していたジェイムズ医師は奇妙な既視感を覚えた。そして彼は信じがたい光景を目撃する。男と駆け落ちした挙句に海難事故で死んだはずの奥さんが浮気相手の男ポール=ガンロンと一緒にいたのだ! かっとなったジェイムズ医師がガンロンを殴りつけると、当たり所が悪かったのかガンロンは死んでしまい、奥さんも海に身を投げてしまった。しかし、そんなことがあるはずはない。二人は2年も前に死んだのだから……。ジェイムズ医師がもう一度ガンロンの亡骸を見ようとすると、もう影も形もなかった。
 ホテルに戻ったジェイムズ医師はチェックメイツの一人ゴメスに頼み、波止場を散歩してもらう。程なくゴメスは狼狽した様子で帰ってきた。ジェイムズ医師は次にフィールディングを行かせ、真夜中までに全員が波止場の散歩を終えた。そして全員が奇妙な既視感を覚え、異様な体験をしたのだ。
 チェックメイツはキングスポートを去り、26マイル離れたウィントンで自動車の修理工場に寄る。そこで彼らが知ったのは、キングスポートという町は存在しないということだった。くだんの町はキングスボロという別の名前で呼ばれていたのだ。あの町には何かが隠されている……ジェイムズ医師はワシントンの友人に電話をかけ、キングスボロに関する調査を頼む。そしてチェックメイツは謎を解き明かすべくキングスポートに引き返していった。
 ワシントンの友人からジェイムズ医師のもとに調査結果が届いた──二度の世界大戦・朝鮮戦争ベトナム戦争を通じてキングスボロから徴兵された人間は一人もいない。1918年のスペイン風邪によってキングスボロで死んだ人間は一人もいない。キングスボロないしキングスポートは戦乱や疫病の影響をまったく被らず、外界から隔絶されたかのような平穏さをずっと保ち続けていたのだ。
 奇妙な統計の意味を考えながらジェイムズ医師が夜の街を一人で散策していると、ブラック氏と名乗る男が彼の前に現れた。自分はキングスポートの守護者の一人だというブラックは、町の秘密とチェックメイツの命を互いに賭けてチェスの勝負を行うことを提案する。ブラックは強敵だったが、ジェイムズ医師は奇手を用いて相手の動揺を誘い、かろうじて勝ちを収めた。約束を守って町の秘密を明かそうとブラックはいうが、「我々はどちらも勝たなかった」といってジェイムズ医師はその場を立ち去った。
 翌日、チェックメイツはキングスポートから出て行く。町の秘密はとうとう明かされずじまいだった。しかし、1906年に起きた不可解な天変地異によってキングスポートはすでに消滅しており、今あるのは町の幽霊に過ぎないのだということが結末でほのめかされている。不思議な味わいのある話だが、クトゥルー神話作品とは見なせないだろう。キングスポートの扱いもたいそう独特だ。これに限らず、Nameless Places に収録されている作品には奇妙なものが多い。

Nameless Places

Nameless Places