新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

机の中の女たち

 引き続きフリッツ=ライバーの未訳作品の話である。The Ghost Light に収録されている9編のうち、まだ邦訳のない3編のひとつが"A Deskful of Girls"だ。1959年度のヒューゴー賞候補作である。
 語り手はカー=マッケイという事件屋。スター俳優のジェフ=クレインに頼まれて高級クラブでエミール=スライカーと会っているところだ。スライカーは心理学者と称しているが、その正体はディプロマミルで買ったとおぼしき博士号を持つ売文業者兼コンサル屋で、おまけに恐喝の常習犯だった。人気絶頂の女優イヴリン=コーデューも被害に遭っており、彼女のために恐喝の種をスライカーから買い戻してほしいというジェフの依頼をマッケイは引き受けたのだが──実をいうと、この話は殊能将之氏のサイトで紹介されている。
http://www001.upp.so-net.ne.jp/mercysnow/Reading/read0105.html(5月22日の記事を参照)
 このページへリンクを貼っただけで終わりにしてもいいくらいだが、もう少し続けてみよう。「机のなかの女たち」を見せてやるとスライカーにいわれたマッケイは、スライカーの診察室がある高級アパートに赴く。自分が恨みを買いがちであることをスライカーは承知しており、診察室の玄関のドアはおそろしく頑丈で分厚いものだった。
 マッケイを患者用の椅子に座らせたスライカーは「机のなかの女たち」もしくは「幽霊娘」について説明しはじめた。殊能氏が書いているように、その実体は女性から取り出したエクトプラズムだ。うまく分離してしまえばエクトプラズムは非常に安定で、火をつけない限り破壊されることがない。また封筒の中にしまっておくことができるほど場所をとらない。そして、適正な条件下では女性の姿に復元できる。チャイコフスキーが『くるみ割り人形』の一部として作りながら封印した禁断の曲「幽霊娘のパヴァーヌ」をかけると、復元がうまく進むのだ。
 スライカーがボタンを押すと、椅子の中に隠されていた仕掛けが作動し、マッケイはたちまち手足を拘束されてしまった。おまえがここにやってきた目的はわかっている、イヴリンの差し金で彼女の幽霊を取り戻しに来たのだろうと得意げにいうスライカー。自分は恐喝の件で取引をしたいだけで、幽霊娘のことは何も知らないとマッケイはいうが、スライカーは聞く耳を持たない。
 自分はイヴリンの幽霊を5体も持っているが、これは彼女のためを思ってしたことなのだとスライカーはいう。幽霊というのはイヴリンから取り除いた自己嫌悪や破滅願望なのだから、そんなものを彼女に返してやるのは得策ではない。では約束通り幽霊を君に見せてやろうかね、それもイヴリンの幽霊だぞ──といってスライカーは「幽霊娘のパヴァーヌ」を再生した。
 その時、意外な事態が生じた。イヴリン=コーデュー本人が現れ、特殊なプラスチックでスライカーを縛り上げてしまったのだ。爆薬でも使わない限り破れないはずのドアをどうやって開けたのかイヴリンはスライカーに説明して聞かせるが、そのくだりは割愛させていただこう。ともあれ彼女は自らの手で幽霊を取り戻しに来たのだった。
 ここから先は完全にイヴリンの独壇場となる。スライカーもマッケイも縛られており、一言も発することができない。イヴリンは5体の幽霊を封筒から次々と取り出して復元し、彼女が自分の幽霊と合体するエロエロな場面が5回繰り返されることになる。さすがに5回は少々くどく、「おもしろさのわりには長すぎる」と殊能将之氏がいうのも理解できる。イヴリンは幽霊を自分の中に取り込みながらスライカーに、あるいは自分自身に話しかける。

その時になって私は理解したの。あなたがセックスシンボルだからって尊敬してくれる人間なんていない、客席にいる間抜けですら尊敬してくれないってことを。そういう間抜け男は、隣席の間抜け女の方をあなたよりも尊敬しているわ。だって、あなたは銀幕にいるものに過ぎない、心の中で好きなように弄べるものでしかないから。有名人とか大物が相手でも一向に良くはなかった。奴らにとって、あなたは獲物か賞品の類だった。他の男に見せびらかして羨ましがらせるためのものではあるけど、決して愛の対象ではないのよ。

 喋っているのはイヴリンだが、「あなた」と呼ばれているのもイヴリン自身だ。誰も自分を愛したり尊敬したりしてくれない、自分は人間というより「もの」なのだ──その冷厳な認識がイヴリンに自己嫌悪の念を抱かせたのだ。負の感情を幽霊として取り除けば気分を良くできるとスライカーにいわれてイヴリンはその治療に応じたのだが、今や彼女は幽霊を取り戻した。なぜなら、自己嫌悪や破滅願望といった悪しき感情まで持ってこそ自分は本当の自分なのだから。そして物語は紅蓮のクライマックスへと……。
 小美人の集団というマッケイの妄想から始まった割には、えらくヘビーな話である。エロ話が好きだけど、根は純真という型の人にライバーは向いているのかもしれない。