新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

幽霊灯

 The Ghost Light という作品集をフリッツ=ライバーは1984年に出している。九つの短編(そのうち三つが未訳)と自伝が収録されており、かなり分量のある本だ。九つの物語のモチーフとなっている「もの」を彫刻家のジョエレン=トリリングが実際に製作し、その写真が各話の扉を飾っているという凝った作りになっている。さらに、それらのオブジェをすべて集めて骨董屋のショーウィンドウ風に陳列した前で70過ぎのライバーがポーズをとっている写真も収録されている。若い頃のライバーはたいそう男前だが、爺さんになってからの彼も渋くていい。
 ラヴクラフトは悪文だとか、C.A.スミスの文章は辞書なしでは読めないとかよく言われるが、ライバーの文章も結構すごい。表題作の"The Ghost Light"は次のように始まる。

 その白髪の老人(ウォルフの男やもめの父で、アルコール依存症を克服してから4年になるカシウス=クリューガー名誉教授)が住んでいる家は暗く、あまりに大きく、いささか薄気味悪かった。屋敷が建っているのは木々が生い茂って急斜面のグッドランドバレーの山腹である。狭い峡谷を形成しているグッドランドバレーはサンフランシスコの真北のマリン郡にあり、豪雨の季節には泥流が発生しやすい。緑と青の終夜灯(後に幽霊灯と呼ばれることになった)のことでトミー坊やが少し変なお願いを始めたのは、カシウスの屋敷の居間で夕食中に老人と初めて幽霊の話をした前だったか後だったか、ウォルフとテリには後からは思い出せなかった。

 あまりに長すぎるので四つに区切って訳したが、これは原文では単一の文である。途中にはピリオドがひとつもない。まるでドイツ語だ。
 カシウスのアルコール依存症のせいで荒れ果てた家庭に愛想を尽かしたウォルフはずっと両親と没交渉だったが、母親(つまりカシウスの奥さん)であるヘレンが睡眠薬の過剰服用で自殺してからカシウスが酒を断ったことを知り、徐々に和解していく。そして奥さんのテリと4歳の息子のトミーを連れてカシウスの屋敷に泊まることになったのだが、トミーが変なことを言い出す。自分が寝ている部屋の終夜灯をつけないでほしいというのだ。
 画家エステバン=ベルナドーレの描いたヘレンの絵が居間の壁に掛かっていた。緑の絵の具が多めに使われており、顔だけが空中に浮いているように見える奇妙な絵だ。「幽霊灯」をつけると、その顔が絵の中から抜け出して空中を飛び回る──だから消したままにしておいてほしいというのがトミーのお願いだった。そしてヘレンの死は自殺ではなく、乱酔した自分が絞殺してしまったのではないかという怖ろしい疑惑にカシウスが悩まされていることをウォルフは知る。
 カシウスの秘密が徐々に明らかにされていく中、グッドランドバレーを嵐が襲う。危険なので全住民は直ちに避難していただきたいという勧告が当局から出た。後から自分も行くというカシウスの言葉を信じたウォルフはテリとトミーを連れて先に家を出るが、カシウスは屋敷に留まったままだった。自動車に飛び乗り、サンフランシスコ市内のモーテルからカシウスの屋敷に向かって急ぐウォルフを取り巻いているものは、ただ嵐ばかり──あまりに巨大な嵐は人間のちっぽけな関心事をことごとく洗い流していく。

嵐はそれらを洗い流していった。自分は良き息子だったのか(ついでに良き夫、良き父親だったのか)というウォルフ自身の心配を、こんな風に車でカシウスの屋敷に向かうのが賢明なことなのかという問題を、カシウスは実際にはロニにどんな狼藉を働いたのかというテリとティリの懸念を、自分は乱酔して妻を絞め殺してしまったのではないかというカシウスの怖ろしい疑念を、あらゆるものが洗い流された後に残るのは裸の事象のみだった。この嵐そのものを、そして茶瓶やサイクロトロンの中で起きている嵐から、宇宙の果てで生じて銀河を蹂躙したり星々を吹き飛ばしたりする嵐に至るまで、あらゆる嵐を構成する要素だった。

 相変わらず難しい文章だが、雰囲気を感じ取っていただけるだろうか。緊迫感と爽快さが絶妙に混じり合った描写と共に物語はクライマックスへと雪崩れ込んでいく……。
 「幽霊灯」はライバーの最晩年の作品であり、悠々自適という言葉がふさわしいという印象を受ける。元アルコール依存症のカシウス老人はライバー自身がモデルになっているのだろうか。だとすると息子のウォルフ=クリューガーはジャスティン=ライバーがモデルということになる。ジャスティン=ライバーは1938年生まれ、現在はフロリダ州立大学哲学科の教授だが、自分の父は作家として成長してからはホラーを卒業したと発言したものだから驚かされたとラムジー=キャンベルは語っている。*1

Ghost Light

Ghost Light