新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

羽目板張りの部屋

 ピーター=ストラウブの編集したAmerican Fantastic Tales にはダーレスの"The Panelled Room"が収録されているらしい。*1この短編を選ぶとは、さすがストラウブだ。

 リディアとイルマの姉妹が引っ越してきた屋敷は祟られているという噂だった。50年前、ピーター=メイスンという男がその屋敷で妻を扼殺し、自らも首を吊って死んだのだ。それ以来、惨劇のあった羽目板張りの居間では二人の死体が目撃されるようになったという。すぐさま立ち去った方がいいと忠告しに来る近所の老嬢。かつては彼女もその屋敷に住んでいたが、彼女の妹は居間で変死体となって見つかった。壁の羽目板が動くのが見える前に立ち去らなければならない。羽目板が動き出したら、もう遅いのだ……。

 幽霊屋敷の物語なのだが、遺産欲しさに姉の死を望む妹イルマと姉リディアの駆け引きがむしろ眼目となっている。幽霊など信じていないけれども、姉の心臓がショックで止まってくれたら都合がいいと考えて再度の引っ越しに反対するイルマ。殺したいほどではないが、死んでくれないものか──というイルマの心情がうまく描かれている。結局イルマの願いはかない、リディアは羽目板張りの部屋で命を落とすのだが、しかし……。
 イルマの娘ヘレンが壁を指さし、「あたし見たの。あれ動くのよ」と無邪気に母親に告げる。その時になって、取り返しのつかないことが起きたのだとイルマは読者と共に実感する。彼女は狂ったように娘を叩き、「おまえは何も見なかったの! 見なかったのよ!」と叫ぶ。イルマが否定したいのは羽目板が動いたなどということではなく、自分が姉を死に追いやったことだろう。このラストシーンは何とも凄惨で、音楽がクレッシェンドの果てに唐突に終止したかのような印象を与えている。
 "The Panelled Room"の初出はウェストミンスター=マガジンの1933年9月号だが、その3年前には書き上げられていたようだ。この作品を読んだラヴクラフトは1930年6月7日付のダーレス宛書簡で「非の打ち所がないと思う」「構想の扱い方がきわめて巧妙」と称讃している。