新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

黒いゴンドラ

 フリッツ=ライバーに"The Black Gondolier"という短編がある。私なりに邦題をつけるとしたら「黒いゴンドラ」といったところか。正しくは「黒いゴンドラの船頭」なのだが、ゴンドラ自体も黒いということになっているので許容範囲内だろう。ダーレスが編纂して1964年に出版されたアンソロジーOver the Edge のために書き下ろされた作品で、ケネディ暗殺への言及があることから執筆の時期が推定できる。
 「黒いゴンドラ」は、ライバー自身の住居があったカリフォルニアを舞台に、石油に知性があるという妄想に取り憑かれた男を描いている。ヴェニスという地名がいきなり出てきたので、「ライバーがイタリアの話を書いているのか?」と思ったのだが、カリフォルニアにもヴェニスがあるということが3ページ目でわかった。現在はロサンゼルスの一部になっているそうだが、イタリアのヴェネツィアに似せて運河が掘られ、ゴンドラまで運航していたということである。米国の西海岸にヴェネツィアを作ろうという夢の残滓をライバーは見事に描写している。
 ヴェネツィアを作ることには失敗したかもしれないが、その界隈からは石油が出た。油井が立ち並ぶ風景の中で物語は進展していく。語り手が知り合ったダロウェイはトレーラーハウスに住む学識豊かな人物だが、石油には知性があるのだと主張していた。石油こそは文明の血液。血液の背後には心臓が、そして脳髄が……。石油は何億年も地底に身を潜め、利用できる生命体が地上に現れるのを待っていた。人間が石油を掘り起こすのではなく、石油が人間に自らを掘り起こさせるのだ。
 ダロウェイによると石油にはエージェントがおり、人間社会に紛れ込んでいるそうだ。奴らは人間そっくりの姿をしているが、その体は地獄めいた黒い物質で構成されている。知りすぎたものは奴らに消されてしまうのだ。そして、黒い船頭の操るゴンドラに乗せられて連れ去られる夢をダロウェイは語る。彼はカリフォルニアから脱出しようとしたが、交通事故に巻き込まれて自動車を失い、トレーラーハウスに引き返さざるを得なかった。語り手は述べる。主人公が座して破滅の時を待つ怪奇小説を私は今まで嘲笑していたが、考えが変わった。ダロウェイは逃げようとしたが、できなかったのだ。そして今や彼はただ待ち、何が起こるか見届けようとしている。人間の好奇心は恐怖よりも強いのだろう──この辺の記述はライバーがラヴクラフトのために言い訳しているように聞こえる。
 結局ダロウェイは嵐の晩に姿を消し、二度と戻ってこなかった。黒い船頭が彼をゴンドラに乗せて連れ去った痕跡がトレーラーハウスには残っていたが、それはダロウェイ自身の仕組んだいたずらだろうというのが警察の見解だった……。したがって、具体的な超常現象は作中では何一つ起きていないことになる。異界からの侵略というテーマの物語なのだが、語り手が友人の狂気に感染して蝕まれていく物語として読むこともでき、まことに異様な効果を持つ傑作に仕上がっている。

Over the Edge

Over the Edge

The Black Gondolier

The Black Gondolier