新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

一族の恥

 Over the Edgeというアンソロジーが1964年にアーカムハウスから刊行されている。収録されている未訳作品のうちライバーの"The Black Gondolier"*1やロングの"When the Rains Came"*2は以前このブログで記事にしたことがあるが、今回はジョン=メトカーフの"The Renegade"を紹介したい。なお、このアンソロジーラヴクラフト&ダーレスの「屋根裏部屋の影」やキャンベルの「呪われた石碑」の初出でもある。
 アフリカ帰りのテディおじさんはあまり愉快な人物ではなかったが、それでも姪のバーバラは話相手になってあげていた。彼女が唯一の遺産相続人と目されていたからだ。バーバラの家は決して裕福ではなかったし、彼女にはトニーという交際中の男性がおり、彼と一緒に暮らす家を買うためのお金が必要だった。
 テディおじさんはロンドン動物園に行くのが好きで、とりわけボブという名のサイにしきりに会いたがっていた。テディおじさんとボブがたっぷり15分も互いに見つめ合っている間、バーバラは傍らでイライラしているのが常だった。
「そんなにボブのことが好きなの?」バーバラはいささか呆れ気味に訊ねた。テディおじさんはその問いには答えようとせず、サイを対象とするアフリカの部族信仰について熱弁を振るいはじめた。
「ヨーロッパには人狼がおり、ビルマには人虎がいる。アフリカの一部には人豹がおり、そして人犀もいるのだ。亡者の魂がサイの身体に入ることによって人犀となるのだ」
 テディおじさんの機嫌を損ねてしまったかとバーバラは後悔する。それからほどなくしてテディおじさんは亡くなったが、彼の遺言はバーバラをいたく失望させるものだった。莫大な遺産のほとんどは動物愛護団体に行くことになり、彼女に贈られたのは1000ポンドに過ぎなかったからだ。おまけとして銀のロケットブレスレットもついてきたが、さほど値打ちはなさそうだった。サイの尻尾からとったとおぼしき毛がロケットには入っていた。
 なるべくボブに会いに行ってやってほしいとテディおじさんはバーバラに言い残していった。トニーと結婚する計画も狂ってしまい、おもしろくない気分のバーバラ。それでもロンドン動物園に出かけていくと、ボブはどうも様子が変だった。妙に見覚えのある仕草や表情をするのだ。わけのわからない気味悪さを感じたバーバラは動物園から逃げ出し、形見のブレスレットを質屋に持っていった。
 バーバラは再びロンドン動物園を訪れた。テディおじさんが死んでからボブの様子がおかしくなった理由を考えて「そんなバカな……」と呟く。もうボブのところには来ないほうがよいでしょうとサイの飼育係のフィンキスト氏がバーバラにいった。
「でも、どうしてですか?」
「射殺されることになりましてな」言葉を濁しつつフィンキスト氏は説明した。「その……よくない癖があるのですよ」
 バーバラは動物園から立ち去り、質札を取り出して破り捨てた。人犀なんてありえないわよと彼女は思うのだった。うちは由緒正しい人狼の家系なのに、まったく冗談じゃないわよ……。
 問題なのはそこかいと突っこみを入れたくなるオチで、なかなか印象に残る作品だった。作者のメトカーフは英国の人だが、最晩年に帰国するまで長らく米国で暮らしており、"The Renegade"以外にも『漆黒の霊魂』所収の「窯」など数編がアーカムハウスから出版されている。「死者の饗宴」を読んだキャンベルは1964年12月27日付のダーレス宛書簡で彼のことを「雰囲気作りの達人」と評した。