新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ファロールの招喚

 『エイボンの書』(新紀元社)の273ページより。

 されど知れ、ファロールよ、何も知らしめることなかりせば
 われは汝を魔道の力にて苛まん
 イググルルの呪文あるいは
 真に遺憾ながら紅の印形もて
 暗黒の魔物よ、汝とわれはともにあり
 万物の向かいし怪異にして恐るべき定め
 変えることあたわぬ定められし道程に
 (古のものどもの到来なかりせば
 誰が広漠たる宇宙を揺るがさざらん)
 恒星を隔てし暗黒の湾
 その内に潜みし暗黒の世界より
 神々の禁じたる往古の秘密を見つけ出さん

 この箇所は原書では以下の通りである。

But know, O Pharol, that no information
Would I of thee by thaumaturgic force
Extort with either Yggrr incantation
Or Scarlet Sign - save with extreme regret.
For thou and I, Black Demon, share the strange,
Fell destiny of all who wend their way
With willful course inexorably set
(Without approval of the Elder Ones
Who over this vast universe hold sway)
For the black gulfs that separate the suns
To seek those darkling worlds wherein lie hidden
The ancient secrets gods have long forbidden.

 括弧内のWhoを訳者は疑問詞と解釈しているようだが、これはむしろ関係詞ではないだろうか。疑問詞だとしたらholdが三人称単数現在形になってもよさそうなものだし、語尾の疑問符が省略されているのも不自然だ。ついでにapprovalは普通は「到来」というより「賛同」だろう。前後の箇所まで含めて私なりに訳すとすれば、次のようになる。

 されど知れファロールよ
 余が汝を魔道の力にて苛もうと
 イググルルの呪文もて はたまた真紅の印もて
 いかなる知識を汝から引き出そうと──その先は著しき悔恨
 なぜなら汝と余は おお闇の魔神よ
 怪異にして恐るべき運命を分かち合っているのだ
 そは神々が禁じて久しき太古の秘密が潜む
 あの暗澹たる世界を探し求め
 恒星を隔てる暗黒の深淵を目指して
 (この広漠たる宇宙を支配する旧神の賛同なしに)
 避けがたくも定められたる進路を敢えてとり
 己が道を行くもの全ての運命なり

 わかりづらい訳になってしまったが、旧神の意に反することをすると後が怖いというのが括弧内の意味である。旧神の慈悲深いイメージにはそぐわないが、この詩の作者がリチャード=L=ティアニーであることを念頭に置く必要があるだろう。ティアニーの神話作品における旧神は無慈悲な圧制者であり、この宇宙が苦しみに満ちているのも旧神のせいである。旧神の賛同なしに禁断の知識を探求したりすれば後悔するのはわかっているけど、でも止められないんだというのが「ファロールの招喚」の大意に他ならない。クトゥルー神話作品の登場人物にはありがちなことだが、さても因果な話である。
 重箱の隅をつつくようなことを書いてしまったが、『エイボンの書』の日本語版が刊行されたのは慶賀すべきことである。新紀元社には今後もケイオシアムの神話アンソロジーの邦訳をどんどん出していただきたい。私としてはThe Hastur Cycle あたりをまず希望する。

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