新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ラヴクラフトの飲酒反対小説

 ラヴクラフトに"Old Bugs"という掌編がある。1919年に執筆されたといわれており、まだ邦訳はない。
hplovecraft.com
 飲酒の害を説いた作品なのだが、この題名は何と訳したものか。とりあえず粗筋を結末まで紹介してみることにする。
 禁酒法が廃止されていないという設定の1950年、シカゴの酒場でアル中の老人が様々な雑用をしながら糊口をしのぎ、安酒にありつくための日銭を稼いでいた。どう見ても廃人一歩手前の老人だったが、不思議な知性と威厳を見せることがあり、彼はかつては立派な人物だったのではないかと思う者もいた。そんな彼の宝物は若く気品に満ちた女性が写っている一枚の写真で、彼はそれを肌身離さず持ち歩いていた。そして時々その写真を取り出しては、悲しげな顔で何時間も見入っているのだった。
 ある日、トレヴァーという青年が生まれて初めて酒を飲むために酒場を訪れた。運ばれてきたウイスキーのグラスにトレヴァーが手をつけようとしたとき、つかつかと近寄ってきた老人がグラスを床に払い落として叫ぶ。「止めるんだ。以前はわしも君のような人間だった。今は──この有様だ」
 酒場の主人は憤慨して老人を叩き出そうとする。老人は阿修羅のように荒れ狂って人々を寄せ付けなかったが、その最中に発作を起こして倒れた。警察が酒場に踏み込んできたが、すでに事切れていた老人の身許を示す手がかりになりそうなものは例の写真しかなかった。その写真を見たトレヴァーは老人の遺体を引き取って丁重に弔う。写真に写っていたのはトレヴァーの母親だった。酒に溺れて零落する前、彼は彼女の婚約者だったのだ……。
 この短編はラヴクラフトが親友のアルフレッド=ガルピンを戒めるために書いたもので、老人はガルピン自身の将来の姿ということになっている。もっともラヴクラフトは後に態度を軟化させ、彼自身は相変わらず一滴も酒を飲まなかったものの禁酒法には反対するようになった。
 ガルピンはフランク=ベルナップ=ロングと同い年である。ウィスコンシン大学マディソン校を優等で卒業した後、母校の教授となった。酒浸りだったという話は聞かないので、どうやらラヴクラフトの心配は杞憂に終わったらしい。なおガルピンにとってオーガスト=ダーレスは母校の後輩に当たる。ガルピンはダーレスとも親しかったのだが、二人を引き合わせたのはラヴクラフトだという。創作の指導をしてくれる人をガルピンが探していることを知ったラヴクラフトが彼に先生としてダーレスを紹介したのだが、実はダーレスの方が8歳も年下だった。

2010年5月27日追記


 興味深い。