新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ラヴクラフト先生の英語教室

 オーガスト=ダーレスの「シェラトン様式の鏡」(The Sheraton Mirror)は米国中西部の田園に潜む悪意と狂気を描き、なかなか見事な作品なのだが、"I already overheard you talking days ago."と登場人物の一人が言うのをラヴクラフトが「不正確な用法」と指摘している。ラヴクラフトがダーレスに宛てて書いた1931年8月10日付の手紙*1から引用してみる。

細かい文法的な点を指摘すると、11ページでalreadyが類語反復的な使われ方(これは中西部の方言で、最近はニューヨークでも使われるようになっていますが、ニューイングランドや南部では未だにまったく聞かれません)をしています。タリアフェロは単に"I overheard you talking days ago."(君がそう喋るのを何日も前にふと聞いたよ)といえばいいのです。この完璧な文にalready(「今」とか「この時点で」とか「過去のいつか」を意味する言葉ですね)を付け加えても、days agoという言葉に含まれている概念を無意味に反復しているに過ぎません。

 ダーレスは8月14日付の手紙*2ラヴクラフトに感謝し、「そういう使い方が中西部特有の口語表現だとは知りませんでした」と述べている。それに対する8月18日の返信*3で、時間を表す副詞句とalreadyを併用することの不適切さについて詳しく解説するラヴクラフト。ダーレスが杜撰なのか、ラヴクラフトが細かすぎるのか。ともあれラヴクラフトが文法的にきわめて厳密であったことは確かで、そのため彼の文章は日本人にとっては意外と読みやすいものになっている。
 なお私の手許にある短編集Someone in the Darkで「シェラトン様式の鏡」を確認したところ、タリアフェロのセリフは"I overheard you talking days ago."になっていた。ダーレスはラヴクラフトの忠告をちゃんと取り入れたようだ。