新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

「闇にささやくもの」もうひとつの結末

 クリスマスの晩にラヴクラフトがニューヨークへやってきて、「闇にささやくもの」を朗読してくれたときのことをフランク=ベルナップ=ロングが回想記*1で語っている。

「闇にささやくもの」──
 ハワードはゆっくりと読み進んでいった。言葉を区切っては強調し、私が身じろぎもしないものだから、たいそう驚いていた。
 ピンクがかったものどもが、踏み荒らされていない雪の上に舞い降り、忌まわしい鉤爪の跡を残す。小さなガラスのはまった窓が不気味な輝きを放ち、黒い枝が空に浮かび上がる。ぽつんと建っている尖塔の鐘が鳴る──
 突如としてハワードの声は墓場から聞こえるが如く陰気なものとなった。「そして箱の中から、打ちひしがれた声がした。『間に合ううちに立ち去りなさい──』」
 ハワードは最後のページを読み終え、ゆっくりと眼を上げた。
「どうかな?」
 ベルナピウスは飛び上がった。「ハワード、これはあなたの最高傑作ですよ。『エーリヒ=ツァンの音楽』や『壁の中の鼠』をも凌ぐ出来栄えです! 紛う方なく、積み上がっていくような──」
「本当にそう思う? 私はそう考えているんですが、自信がなくてね。クックも気に入ってくれました──それからモルトニウスも。ドナルドとオーギーに送ってみることにします。私の他の孫たちと同じように彼らも気に入ってくれるのなら──」

 ロングの証言が正しいとすれば、「闇にささやくもの」の当初の結末は現在の版よりもずっと直截なものだったということになる。なおベルナピウスというのはロング、モルトニウスはジェイムズ=F=モートン、オーギーはオーガスト=ダーレスの愛称である。ラヴクラフトは友達のことを「孫」と呼んでいるが、モートンは実際にはラヴクラフトより20も年上だった。

*1:Lovecraft Rememberedに収録されている。