新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

頌春

 新年あけましておめでとうございます。
 丑年に因んだ記事でも書こうかと思ったのだが、クトゥルー神話に出てくる牛を思いつかない。しばらく本棚を漁ったら、ナイアーラトテップの化身として「黒い雄牛」が『マレウス・モンストロルム』に載っていた。1992年にドイツで刊行されたTRPGのシナリオが元ネタらしいが、あいにく私は読んだことがない。

 気を取り直して100年前のラヴクラフトの話をしよう。1921年といえば彼がダンセイニ卿の模倣にいそしんでいた時期で、「イラノンの探求」などの作品を執筆している。しかしながら、この作品に対するラヴクラフト自身の評価は高くなかった。タイプライタで清書したいとドナルドワンドレイが申し出ると、1927年9月11日付の手紙に原稿を同封して送ったものの「嫌になるほど甘ったるくて感傷的な駄作です」と述べている。それでも、せっかくワンドレイが骨を折ってくれたのだからと清書稿をウィアードテイルズに提出したのだが、受理されることはなかった。ライト編集長がひどく侮辱的な態度で没にしたとラヴクラフトは1927年12月17日付の手紙でワンドレイに知らせている。「イラノンの探求」がウィアードテイルズに掲載されたのは1939年になってからで、そのときにはもうラヴクラフトは世を去っていた。
 1934年、ペンシルヴェニア州レディングでThe Galleonなる文芸誌が創刊され、その編集長はラヴクラフトの知人だったロイド=アーサー=エシュバックだった。寄稿を求められたラヴクラフトが送ったのが「イラノンの探求」で、同誌の1935年7-8月号に掲載された。なお同じ号にダーレスの詩も載ったという。ワンドレイの努力が8年越しで報われたことになるが、ラヴクラフトは1935年4月23日付のダーレス宛書簡で次のように述べている。

我らの友人エシュバックは採用の基準を引き下げつつありますよ。あの感傷的な「イラノン」が受理されました。かつて私のために原稿を清書してくれたのは君でしたね――それから「ユゴス星より」の詩も2編*1The Galleonに載せるそうです。

 実際に清書したのはワンドレイなのだが、なぜかラヴクラフトの記憶の中ではダーレスの仕事になっている。ダーレスもやたらとラヴクラフトの原稿を清書したがっていたので、つい混同してしまったのだろうか。この二人が後に力を合わせてアーカムハウスを立ち上げたことを思うと、奇妙な感慨を覚える。
 こうして「イラノンの探求」は日の目を見たが、その肉筆原稿はロバート=バーロウの手に渡っていた。実はドナルド=A=ウォルハイムも欲しがっていたのだが、彼との先約を度忘れしたラヴクラフトがバーロウにあげてしまったのだ。「本当に申し訳ありません」とラヴクラフトは1935年11月13日付のウォルハイム宛書簡で謝り、代わりに「闇の跳梁者」の肉筆原稿を贈ったが、その所在はウォルハイムの没後わからなくなっているそうだ。もっともバーロウも「超時間の影」の肉筆原稿をメキシコに持っていったきり行方不明にしてしまい、1995年にハワイでようやく見つかったという出来事*2があったりするので、その点ではウォルハイムと甲乙つけがたい――というか丙丁つけがたい。
 とりとめがなくなってきたところで今年最初の記事を終えたい。皆様、どうか本年もよろしくお願い申し上げます。

*1:「背景」と「港の汽笛」。ただし実際に掲載されたのは前者のみ。

*2:風雲千早城(149): 新・日記代わりの随想