新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

馬から落馬

 ロバート=ブロックがラヴクラフトと知り合って間もない頃の話である。ブロックの原稿を読んだラヴクラフトは1933年6月頃の手紙で「君には重複表現の傾向がありますね」と注意し、具体例をいくつも挙げている。

君の原稿にはpast & antecedentsとかbased & foundedとかblurred & indistinctといった繰り返しが見られます――すべて削除の必要がありますよ。読みながら訂正をところどころに書きこませていただきました。君は原稿を他の人に読ませる前に手直しをしたいのではないかと思いましたので、クラーカシュ=トンのところに送る代わりに返送することにします。

 つまり、日本語でいえば「馬から落馬」「頭痛が痛い」の類だ。ラヴクラフトの言い方は穏やかだが、このままではC.A.スミスに読ませられないから書き直せとダメ出しをしている。ブロックはまだ16歳になったばかりだったが、彼とて最初からプロだったわけではないということだろう。
 ラヴクラフトは形容詞を多用する人だったが、いわれてみれば重複表現はない。やたらと仰々しく言葉を連ねているように見えて、実は語義に気をつけながら慎重に選んでいたのだ。また文法を重んじる人なので、英語を母語としない人間にとってはダーレスなどの文章よりも却って読みやすかったりする。
 スミスとダーレスに助言してもらうことをラヴクラフトはブロックに勧めている。スミスはとても具体的な意見を出してくれるのだが、いかんせん天才なので彼の技は容易には真似がたい。それでもスミスと交流すれば必ずや得るものがあるということだろう。一方ダーレスにはプロフェッショナルとしての心得があり、ブロックが本気で作家を目指すのであれば見習うべき人物といえる。この二人をラヴクラフトが推薦したのは単に自分の親しい友人だからではなく、ちゃんとブロックの将来を考えてのことだったのではないかと思う。