新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ラヴクラフトの駄洒落

 タイプライタを打ってくれるのであればウィリアム=ラムレイの面倒を見てやってほしいとラヴクラフトはダーレスにいったが、結局「アロンソタイパーの日記」の原稿は自分で清書した。友達を頼らなかった理由はラヴクラフト自身が1935年10月23日付のダーレス宛書簡で説明している。

時間さえあれば、ここ2年ばかり温めている構想(アーカムの話です)を作品化するつもりです。最近は他人との合作はしないことにしていたのですが、先日その方針に反して正直者のビル=ラムレイ爺さんの原稿を書き直しました。ラムレイは自分の作品を発表したがっているのです。タイプライタを打つのはバーロウに頼もうかと思ったのですが、忌々しいことに私の原稿はあまりにも字が汚かったので私にしか読めなかったのです! 拙老の仕事が増えました! さて――私はその忌々しい代物(皮肉なことに「アロンソタイパーの日記」という題名なのですよ!)をタイプし、ビル爺さんが満足してくれることを願っております。あの風変わりな爺さんの小説をライトが何か採用してくれるといいのですが――でも、この作品が受理されるかは疑問です。

 タイプとタイパーをかけた駄洒落が出てくる。コツさえつかめばラヴクラフトの字は楽に読めたとフリッツ=ライバーは回想しているが、悪筆であることは本人にも自覚があったのだろう。
 「アロンソタイパーの日記」の初出はウィアードテイルズの1938年2月号だが、掲載に至った裏にはダーレスの尽力があったという。タイプライタこそ打たなかったもの、しっかり手伝ったわけだ。ただ残念なことに、すでにラヴクラフトはこの世の人ではなかった。
 なおラヴクラフトの手紙にある「アーカムの話」が何なのかは謎だ。1935年10月以降に執筆された作品は「闇をさまようもの」しかないが、その舞台となっているのはアーカムではなくプロヴィデンスだし、ロバート=ブロックの「星から訪れたもの」の続編として書かれた作品だから、2年越しの構想というラヴクラフトの言葉とは整合しない。ラヴクラフトが早死にしたことによって書かれないまま終わった作品ではないかと思うと、惜しい気がする。