新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

フラー文書を追え

 〈ランドリー〉シリーズの3冊目に当たるThe Fuller Memorandum は非常に伝奇色が濃厚な巻である。
 〈ランドリー〉は異次元の魔神に対抗するために英国政府が設立した秘密機関、主人公のボブ=ハワードはそこに勤める諜報員だ。1作目の『残虐行為記録保管所』からは約8年が経過し、旧支配者は2年以内に復活するだろうと予測されている。人類が未曾有の危機に直面する中、それでもボブたちは淡々と日々の業務をこなし続ける。
 上司のせいで苦労することが多かったボブだが、ようやく理想の上司と巡り会うことができた。だが、よいことばかりではない。ライトニング戦闘機にまつわる怪奇現象の解明を命じられたボブは調査に赴くが、その機体に憑いていた異界の力が暴走した挙句に民間人が巻き添えで死亡する。激しい衝撃を受けたボブは休養を余儀なくされた。一方、ボブの伴侶であるモオは愛器エーリヒ=ツァンを携えてアムステルダムで暗黒教団と戦うが、現場の隣にあった幼稚園が巻きこまれてしまう。夫婦ともども精神的にずたずたである。
 その最中に妖怪爺アングルトンが失踪し、ランドリーの最高機密とされるフラー文書も消えてしまった。そしてGRUの凄腕スパイであるニコライ=パーニンがボブに接触してくる。「茶瓶」と呼ばれる何かを英国政府が保管していたのだが、それが行方不明になってしまったのだとパーニンはボブに告げた。
「茶瓶はどこだ。早く茶瓶を見つけ出さなければならない。好ましからざる人物がそれを手に入れて茶を沸かす前に」
 まるで笑い話だが、ボブもパーニンも大まじめだ。ボブは「茶瓶」の正体を突き止めるべく、ランドリーに保管されている膨大な文書を漁りはじめる。白軍の首魁としてモンゴルで暴威を振るったロマン=フォン=ウンゲルン=シュテルンベルクという人物がおり、彼の腹心の部下であったエヴゲニー=ブルドコフスキーが「茶瓶」と渾名されていたことが判明した。ちなみにウンゲルン=シュテルンベルクもブルドコフスキーも実在の人物だ。
 ウンゲルン=シュテルンベルクはトロツキーの部隊に捕らえられて処刑され、そのときにブルドコフスキーも死んだ。実はブルドコフスキーには異界の妖魔が憑いており、その妖魔こそが「茶瓶」の正体だったのだ。ブルドコフスキーの死によって異界に戻った「茶瓶」を再び現世に呼び寄せ、大英帝国のために使役しようと考えたのがランドリーの創設者たるフラー少将である。彼が遺したフラー文書に記されていたのは「茶瓶」の招喚と束縛の方法だった。
 フラーは儀式を執り行って「茶瓶」を招喚し、死刑囚に憑依させた。「茶瓶」に対する洗脳は効き過ぎた、世界の平和と人類の繁栄のために戦うというお題目をやつが本気で信じてしまったものだから汚れ仕事をやらせられないとぼやくフラー。それでも「茶瓶」の能力はものすごく、彼は二重スパイの摘発で活躍することになったという。
 フラー文書を狙う暗黒教団にボブは捕えられてしまう。教団の指導者はなんとボブの上司で、「茶瓶」を使役してナイアーラトテップを降臨させることがその目的だ。応戦するためにボブが唱えた呪文の影響で、ブルックウッド墓地に埋葬されていた死者がぞろぞろと起き出した。こうしてアンデッドの群が徘徊するロンドンで、ランドリーと暗黒教団とスペツナズが三つどもえの戦いを繰り広げることになるのだった。誰が「茶瓶」なのかもクライマックスで明かされるのだが、ここでは答を伏せておこう。
 印象的だったのは、事件が解決したのを見届けたスペツナズが去っていく場面である。「我々にとっては悪くない結果でしたな。大英帝国を弱体化させることもできましたし」と部下がいうのを聞いたパーニンは叱責する。
大英帝国の弱体化など目的ではない! 我々の目的は人類の存続である」
 これは熱い。もうじき旧支配者が復活するのだが、それでも持ち場を離れないのが抗神機関の心意気である。

The Fuller Memorandum (A Laundry Files Novel)

The Fuller Memorandum (A Laundry Files Novel)

  • 作者:Stross, Charles
  • 発売日: 2011/06/28
  • メディア: マスマーケット