新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

アルハザードの第二の書

 Song of Cthulhu という本がケイオシアムから刊行されている。音楽をテーマにしたクトゥルー神話アンソロジーだが、これに参加している作家のうち最年長なのがヒュー=B=ケイヴ。単に長老であるのみならず、ラヴクラフトと文通したこともある作家だ。
 ケイヴの作品は題名を"Intruders"といって、元警部のトム=カーターが主人公だ。引退した彼は妻とも死別し、現在は独り暮らしをしている。ある晩、彼は手洗いの窓から奇妙なものを目撃した。白い服を着た女性が隣家の裏口に佇んでいるのだが、その身体が透けて向こうが見えるのだ。そして音楽が聞こえた。バルトークの「中国の不思議な役人」だった。
 隣に住んでいるのはミリー=アーマーという女性。トムと同年輩で、夫とは死別している。ミリーを訪問したトムは、不審者がいるようだから気をつけたほうがいいと茶飲み話の最中に忠告した。
「もしかして音楽が聞こえなかった?」とミリーは訊ねる。
「聞こえたよ! バルトークの『中国の不思議な役人』だった!」
 その女性はきっと自分の亡夫アーサーの前妻に違いないとミリーはいう。アーサーがミリーと知り合って間もなく彼の妻は心臓発作で亡くなり、彼はミリーと再婚したのだ。「中国の不思議な役人」はその前妻の好きな曲だった。
 アーサーもすでに死亡しているが、自分が発見したとき遺体にはすさまじい恐怖の表情が浮かんでいたとミリーは語った。アーサーはミリーと結婚するために妻を殺害し、彼女の亡霊に復讐されたのではないかとトムは考える。すると幽霊が相変わらず現れるのは、ミリーがアーサーと共謀していたと思われているからでは?
 ミリーは疑念を晴らそうと、アーサーからもらった手紙を取り出してトムに見せた。妻に先だたれたことを告げ、悲痛な思いを切々と綴った手紙だ。アーサー自身の潔白はともかく、こんな手紙を送られるくらいならミリーは共犯ではないだろう。
 トムの向かいに住んでいるケンプトンの家には3人組の強盗が押し入ったというし、どうにも物騒だ。トムはミリーを説得し、夜間は彼女の家に泊まって守ることにした。ある晩、とうとう幽霊が現れる。
 もうバルトークの曲は聞こえない。幽霊の髪は蛇と化し、メドゥーサのような怖ろしい姿になっている。なるほど、アーサーの死顔も説明がつくというものだ。ミリーの寝ている部屋に幽霊は向かおうとした。トムは死にものぐるいでアーサーの手紙を幽霊に見せる。
「ミリーは関係ない! ほら、この通りだ!」
 トムから手紙を受け取って読んだ幽霊はどうにか理解してくれたらしく、踵を返した。そのとき3人組の強盗が家に侵入してくる。拳銃で武装しており、トムがかなう相手ではない。しかし幽霊と対面してしまったのが強盗たちの運の尽きだった。
 幽霊が強盗を退治したのは迷惑料代わりなのか、それとも自分のものだった家を荒らす輩を許さないということなのか不明だが、ともかく事件は解決した。ミリーはトムと再婚し、彼の家に引っ越すことになる。彼女が自分の家の屋根裏部屋を片づけていると、本の詰まった箱が見つかった。本はアーサーの前妻のものだったらしく、彼女の名前が書いてあった。

一冊は魔術の本だった。別の一冊はオカルトに関する大部な本だった。そして3冊目は非常に古く傷んでいたが、アブドゥル=アルハザードという人物の著作だった。その本の前書きによると、アルハザードは『ネクロノミコン』なる書を以前に執筆したことがあるそうだった。

 アーサーの前妻はかなり本格的に魔術を勉強しており、だからこそ強力な幽霊になれたのだろう。単なる幽霊譚かと思いきや、最後の最後でクトゥルー神話と絡めてきたが、『ネクロノミコン』ではないアルハザードの本が出てくるというのが渋い。もっとも本当にアルハザードの著作なのか、別人が彼に仮託して書いたのかは定かでない。
 "Intruders"は1997年の作品だが、ケイヴは1910年生まれなので当時すでに87歳だったことになる。彼は2004年に大往生を遂げたが、最後の最後までプロの作家として生きたと伝えられている。

Song of Cthulhu: Tales of Spheres Beyond Sound (Call of Cthulhu Fiction)

Song of Cthulhu: Tales of Spheres Beyond Sound (Call of Cthulhu Fiction)