新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

取り替え子

 昨年、Fearie Tales: Stories of the Grimm and Gruesome というアンソロジーが出た。題名からわかるように、グリム童話をモチーフにした恐怖小説のアンソロジーだ。編者は世界幻想文学大賞を3度も獲得したスティーヴン=ジョーンズ、表紙絵と挿絵は映画『ロード・オブ・ザ・リング』のコンセプトアートを手がけたアラン=リー、参加している作家の顔ぶれもニール=ゲイマンやタニス=リーなど非常に豪華である。
 収録されている作品はすべて書き下ろしだが、その中のひとつにブライアン=ラムレイの"The Changeling"がある。この短編の語り手は英国人の古銭商で、休暇中の彼がギリシア海浜を訪れているところから話が始まる。
 ひとしきり海で泳いだ語り手が浜に上がると、少年たちが丸太を運んでいるところだった。丸太が砂地をこすった跡が残っている。丸太は一本しかないのに跡は二本ある――おかしいな?
 少年たちもいなくなり、浜辺に残っているのは語り手だけになった。いや、もう一人いる。全身を覆う服を着ている上、頭巾をすっぽりとかぶっているので、蛙のような口許しか見えない。語り手は彼に話しかけた。
「ほら、ごらんなさい!」頭巾をかぶった人物は急にいった。「イルカでしょう」
 そういわれた語り手は振り向いて沖合を見たが、イルカなど影も形もなかった。向き直ると、二枚の金貨が膝の上にあった。頭巾の人物が投げたのだ。その金貨は、語り手が先祖から受け継いだのと同じものだった。
「私の話を聞いてはくれませんか」頭巾の人物は語り手に頼んだ。「聞いてくれたら、その金貨をお礼に上げる」
 自分は孤児だったが、立派な里親に育てられて学者になることができたと頭巾の人物は語りはじめた。しかしコーンウォールの海で溺れた彼は小さな村で意識を取り戻し、助けてくれた地元の女性から自分の出自を知らされる。
 彼は人間ではなく、ダゴンを崇拝する種族の一員だったのだ。ちなみにダゴンよりも上位の神が存在することも示唆されているが、それが何という神なのかは敢えて名指しするまでもないだろう。
 その日を境に彼はどんどん変貌が進んでいった。とうとう人間社会にいられなくなった彼は海の中で暮らすようになったが、地上が恋しくなったときだけ浜辺に出てきて憩うようにしている。それでも、彼のいるべき場所は深い海の底なのだ。
「これで私の話は終わりです」
 そういうと、頭巾の人物は海へと去っていく。その後ろ姿を見送るうちに語り手は気づいた。先ほど丸太の後と見えたものは、実は頭巾の人物が這い進む跡だったのだ。もう足が消滅するところまで変身が進んでいるのだろう。頭巾の人物は別れを惜しんで波間から手を振っている。いや、違う。振っているのは手じゃなくて顔だ……。
 浜辺で夢を見ていたのかもしれないと語り手は思ったが、彼のもとには二枚の金貨が残っていた。なぜ自分の先祖も同じ金貨を持っていたのだろうかと彼は訝る。そういえば自分も本当の両親を知らず、父親の兄弟と称する人に育てられたのだ……。以来、毎日のように自分の体を念入りに点検するのが彼の習慣になったのだった。
 要は深きものどもの話なのだが、浜辺で語られる物語の哀愁はむしろ「アウトサイダー」を思わせる。取り替え子ではなく単なる捨て子の話だろうという突っ込みどころはあるにせよ、重厚な筆致で書かれた悪くない作品だ。それにしても、グリム童話をモチーフにしたアンソロジーのためにクトゥルー神話を書いてしまうラムレイには感服するしかない。

Fearie Tales: Books of Horror

Fearie Tales: Books of Horror