新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

木乃伊の眼

 ロバート=ブロックの「セベクの秘密」には"The Eyes of the Mummy"という続編がある。初出はウィアードテイルズの1938年4月号で、その後ブロックの作品集やアンソロジーにちょくちょく収録されているのだが、現在では意外と入手しづらい。ケイオシアムのMysteries of the Wormを探すのがもっとも手っ取り早く安上がりだろうか。
 セベクの神官のミイラをエジプトから持ってきてしまったせいで鰐神の怒りに触れた者の末路が「セベクの秘密」では語られたが、今回も相変わらずミイラの話だ。エジプトに入れ込んでいる名無しの作家が引き続き語り手を務め、彼のもとにウィールダン教授が訪ねてくるところから物語が始まる。
 前作ではセベク神の呪いを懸念していた教授だが、訪問の目的は語り手をエジプトでの発掘に誘うことだった。よりによってセベクの神官の墓を暴こうというのだが、すごいお宝が副葬されているらしい。ヴァニングが非業の最期を遂げるのを目撃して以来エジプトと縁を切っていた語り手だが、ウィールダン教授の甘言に乗ってしまった。ずいぶん生臭い話だが、教授は設定上は高名な学者である。
 語り手を連れてハルツームに到着した教授は現地人の情報提供者に会いに行くが、その男は恐れていることがあるらしく教授と口論になる。男は語り手に何かを警告しようとしたが、教授は彼の目の前でドアを閉めてしまい、くぐもった銃声が聞こえた。出てきた教授は「報酬の増額を要求してきたので解雇した。追い払うために発砲しなければならなかった」と説明したが、彼が手を拭ったハンカチには赤い染みがついていた。語り手は見て見ぬふりをした。
 それでも情報は得られたということで、翌朝ウィールダン教授と語り手は二人きりで砂漠へ出発する。セベクの神官ともあろう者が辺境に埋葬されていることに語り手は疑問を呈するが、信仰の禍々しさゆえに追放されたのだろうというのが教授の見解だった。墓はたいそう簡単に見つかり、入り口を塞いでいる石塊を取り除いて中に入ると棺があった。
 教授が棺を開けると、中には神官のミイラが横たわっていた。布が巻かれておらず、眼球がない。棺の側面に描いてある絵によれば、今際の際に自らの意思で両眼を摘出させたようだ。だが眼窩は空っぽではなく、黄色く輝く巨大な宝石がはめてあった。天然石ではなく、神々の贈物だと教授は述べる。
 語り手は宝石に見入った。催眠効果のある石だと教授は警告し、果たせるかな語り手は意識が遠のいていく。気がつくと彼は棺の中におり、ミイラと身体が入れ替わっていた。語り手は干からびた手を死に物狂いで動かして眼窩から宝石をえぐり出す。
 語り手は自分自身の肉体に戻っていた。教授はショック死してしまったらしく、物言わぬ骸となって床に転がっている。語り手は宝石を拾い上げてハンカチで包み、教授とミイラを置き去りにしてテントに戻った。タイプライタを引っ張り出して手記をしたためながら彼は推察する。墓がこうも見つけやすいということは、最初から罠だったのだろう。財宝に釣られてきた者の肉体を奪って復活しようという計画だったに違いない。
 墓から持ち出した宝石を語り手が眺めると、黄色かった石は赤く輝きはじめた。ミイラの眼窩から取り出した後でも宝石の魔力は失われておらず、いつの間にか語り手は再びミイラになっていた。彼の身体を乗っ取った者はすでに地上を闊歩しており、神に捧げる生贄を物色しているところだろう。誰かに警告の言葉が届くことを願って語り手はタイプライタを打ち続けるが、外気に触れたミイラの肉体はぼろぼろと崩れていく。もはや「セベク」という名前を綴ることもできなくなった彼がSのキーを虚しく連打している場面で終幕となる。
 死骸との精神交換というモチーフはラヴクラフトの「戸口に現れたもの」と共通しているとロバート=プライスは指摘している。「セベクの秘密」の続編であるがゆえに神話大系の一部なのだが、これ自体の内容はほぼ純粋なエジプト怪談でクトゥルー神話の要素が見当たらない。未だに邦訳がないのは、そのことが一因かもしれない。