オカルト探偵ベン=ザキアスの物語
昨日に続いてリチャード=A=ルポフの話をする。彼は1935年生まれなので、ブライアン=ラムレイやリチャード=L=ティアニーよりも年上だ。名を知られた存命中の神話作家としては最年長かもしれない。
"The Adventure of the Voorish Sign"はホームズもののパスティーシュだが、ルポフ自身が創造した名探偵もおり、その名をエイブラハム=ベン=ザキアスという。エイブラハム=ベン=ザキアスが主役の短編をルポフは四つ書いており、いずれもジョン=オレアリーというアイルランド出身の青年が語り手を務めている。オレアリーにはメイヴ=コリガンという恋人がいたが、彼女は若くして世を去った。傷心のオレアリーは米国に移住し、サンフランシスコに居を定めた彼を助手として雇ったのがベン=ザキアスだった。ベン=ザキアスは「全世界のユダヤ人の秘められたる王」という異称を持つ奇人で、オレアリーからは「陛下」と呼ばれている。
四つの短編のうち三つはVisionsにまとめられているが、4番目の作品である"April Dawn"はA Season in Carcosaに収録された。これは黄衣の王をモチーフとしたアンソロジーで、"April Dawn"はベン=ザキアスのもとに旧友のロバート=W=チェンバースが訪ねてくるという話だ。チェンバースの『黄衣の王』を原作とする歌劇がサンフランシスコで初演されることになったというので、彼らはオレアリーも入れて3人で鑑賞することにする。カシルダ役の女優が歌いはじめ、死んだはずのメイヴの姿をオレアリーは舞台の上に見るが、その最中に大地が震撼した。劇場は倒壊し、ベン=ザキアス・オレアリー・チェンバースは奇跡的に軽傷で済んだものの、楽団と役者は全滅してしまった。愛した女性が再び永遠に失われたことを知ったオレアリーは、瓦礫の山と化した街で天を仰ぎ、なぜ神は自分の命を助けたのかと嘆くのだった……。1906年にサンフランシスコで大地震が起きたという史実を踏まえ、ルポフらしく奇妙な味わいがある作品だった。
ベン=ザキアスの物語には"Ankareh Minu"という後日談がある。21世紀のサンフランシスコを舞台とし、主人公はレベッカ=ベン=ザキアス。カリフォルニア大学サンフランシスコ校を卒業後、学友の多くがITや金融の分野に進む中で一人だけサンフランシスコ市警に就職したという変わり者であり、そしてエイブラハム=ベン=ザキアスの孫娘だ。レベッカと同居しているライアム=オレアリー巡査はジョン=オレアリーの子孫であり、ベン=ザキアス家とオレアリー家の付き合いは1世紀にわたって続いていたことが窺える。元々はベン=ザキアスの助手だったオレアリーが1世紀の時を経て対等なパートナーになったというのも熱い。
謎めいた連続焼死事件がサンフランシスコで発生し、レベッカが捜査を担当することになった。犠牲者はいずれも自宅で発見されたのだが、家屋はまったく焼けておらず、遺体だけが炭化していた。普通に考えれば、犯人が遺体を焼いてから家の中に運びこんで捜査の攪乱を狙ったということになるだろう。しかし犠牲者全員がアフガニスタンで軍務に服していたことにレベッカは気づいた。しかも共通の上官がいる――ヴィンセント=モーラン少佐、現在はサンフランシスコの監理委員になっている人物だ。モーランはイラクとアフガニスタンでの輝かしい軍歴を武器に上院選への出馬を目指し、ゆくゆくは大統領の座すら狙えるだろうと噂されていた。
またしても犠牲者が出そうになったが、駆けつけたレベッカがすんでのところで阻止した。その男はレベッカの目の前で黒い煙に巻かれたのだが、レベッカは呪文を唱えて黒煙を吹き払う。エイブラハム=ベン=ザキアスの血を引くだけあって、レベッカも異能力が使えるのだ。男は大火傷を負ったものの一命を取り留め、アフガニスタンで自分がしたことを告白した。彼と他の被害者たちはゾロアスター教徒の村を襲撃し、ゲリラをかくまっているかもしれないという疑いから住民を皆殺しにしたのだ。虐殺を指揮したのはモーラン少佐だった。
モーランの部下が次々と焼き殺されているのは、ゾロアスター教の悪神アンラ=マンユの力によるものだ。ゾロアスター教徒の復讐かと思いきや、真犯人はモーランだった。旧悪が明るみに出ることを恐れるモーランは、彼の邪悪さに引き寄せられて現れたアンラ=マンユを使い、口封じのために部下を殺していたのだ。
レベッカはモーランのところに乗りこんで対峙する。「君は頭が変になっているようだな」とモーランは冷笑しようとするが、レベッカには勝算があった。部下殺しの罪でモーランを法廷に立たせることはできなくても、戦争犯罪が世間に知れ渡れば彼の政治生命は絶たれる。モーランはアンラ=マンユを招喚してレベッカを襲わせるが、祖霊の加護を得たレベッカの力が勝った。降魔の呪文を詠唱しているのはレベッカだけではない――聞こえてくるのは闇の勢力と戦い、街を守り抜いてきたベン=ザキアス家代々の声だ!
退けられたアンラ=マンユの力はモーランに跳ね返った。邪神の黒煙に絡みつかれたモーランはビルの窓を突き破り、地上に墜落していく。こうしてヴィンセント=モーランは己の邪悪さによって滅んだのだった。
いつも思うのだが、悪の魔術師の攻撃を返し技で倒すというのはかっこいい。後日談だといったが、ユーモラスな趣があるエイブラハム=ベン=ザキアスの物語に比べると緊張感に満ちており、こちらがむしろ本編なのかもしれないとすら思う。
- 作者:Lupoff, Richard A
- 発売日: 2012/07/24
- メディア: ペーパーバック
2021年2月4日追記
この記事を書いたときには知らなかったのだが、ルポフは2020年10月22日に亡くなっていたそうだ。冥福を祈る。