新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

含み笑いするもの

 ドナルド=ワンドレイに"The Chuckler"という短編がある。初出はファンタジーマガジンの1934年9月号で、Don't Dream に収録されている。
 ウォルトンという男が遺言を残して亡くなった。自分の宝石はすべて娘のメアリに相続させるが、「闇の焔」という名のエメラルドだけは自分の右手に持たせてほしい。自分の蔵書はすべて市の図書館に寄贈するが、4冊の本だけは棺の中に入れてほしい……。メアリは聞き分けのいい子だったので、エメラルドを魔道書と一緒に埋める。こうして葬儀と相続は滞りなく済んだ。
 そして歳月が流れた。とある夜更け、帰宅途中の警官が墓地の脇を通っていると、何者かが墓地に侵入するのが見えた。きっと墓荒らしに違いない。公僕として看過はできないと思った警官は不審者を追って墓地に足を踏み入れた。
 墓荒らしが侵入したのはウォルトンの霊廟だった。副葬品のエメラルドのことは警官も聞いたことがある。彼は拳銃を抜き、階段を降りていった。出し抜けに闇の中から悲鳴が聞こえてくる。その反響が止んだ後に続いたのは、言い表しようもない笑い声だった。警官が前進するにつれて、笑い声は大きくなっていく。
 とうとう納骨室に辿りついた警官は扉を開けた。すると顔を歪めて絶命した「食屍鬼*1が床に転がっていた。その上に乗って笑い声を上げているのは、ぼろぼろの屍衣をまとった朽ちかけの骸なのだった。
 というわけで、ストーリー自体はたいしたことがない。小説というよりは散文詩に分類すべき作品だろう。ダーレスに宛てて書いた1926年12月25日付の手紙でラヴクラフトはこの作品に言及し、次のように述べている。

ワンドレイは"The Chuckler"という話を書いたことがあり、これは私の「ランドルフ=カーターの陳述」に対する一種の答案であるといっています。

 「ランドルフ=カーターの陳述」は、墳墓に侵入したものの運命を描いた作品だ。"The Chuckler"は狂言回しとして警官が登場するが、侵入された死者の側から物語を見ているわけで、「ランドルフ=カーターの陳述」の裏返しといえるだろう。それゆえワンドレイは「一種の答案」と呼んだのではないかと思う。

Don't Dream: The Collected Horror and Fantasy Fiction of Donald Wandrei

Don't Dream: The Collected Horror and Fantasy Fiction of Donald Wandrei

  • 作者:Wandrei, Donald
  • 発売日: 1997/07/01
  • メディア: ハードカバー

*1:ヒポカンパス=プレスから刊行されたワンドレイ宛書簡集の註釈によれば、この「食屍鬼」は人間の墓荒らしの比喩的表現。