新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

帰ってきたスカルフェイス

 ロバート=E=ハワードが1931年2月頃に書いたラヴクラフト宛の手紙から。

いいえ、ウィアードテイルズがまた月刊誌になれるかどうかについては何も聞いておりません。でも、そうなってくれると嬉しいですね。あの隔月刊化がなくても僕は売り込み先の雑誌が乏しいのです。予定どおりに「スカルフェイス」の続編を書いてみるつもりではあります。

 当時ウィアードテイルズは経営難のため隔月刊になっていたが、半年で月刊に復帰した。ハワードが話題にしている「スカルフェイス」は、髑髏のような顔をした怪人カトゥロスにスティーヴン=コスティガンが立ち向かうという中編で、ウィアードテイルズの1929年10月号から12月号にかけて連載された。国書刊行会から邦訳が出ている。

 カトゥロスとクトゥルーには何か関係があるのかと問うN.J.オニールの投書がウィアードテイルズの1930年3月号に掲載されているが、ハワードはクトゥルー神話を意識して「スカルフェイス」を書いたわけではなかった。だが、この一件をおもしろがったラヴクラフトは「闇に囁くもの」で「ルムル=カトゥロス」に言及し、ハワード自身も「われ埋葬にあたわず」でヨグ=ソトースとカトゥロスの名前を並べている。そして続編だが、ハワードは執筆に着手したものの未完に終わった。遺された断章をリチャード=A=ルポフが完成させたものがThe Return of Skull-Faceとして1977年に刊行されている。
Return of Skull Face

Return of Skull Face

 表紙と挿絵はスティーヴ=レイアロハが担当し、序文を書いたのはフランク=ベルナップ=ロングだ。全部で100ページ弱と長い作品ではなく、その内訳はハワードとルポフの書いた文章がほぼ半々だという。なお翌1978年にバークレーブックスから出たSkull-Faceにも同じものが"Taverel Manor"という題名で収録されているそうだが、こちらは見たことがない。今日に至るまで復刊されておらず、邦訳が出る見込みもなさそうなので粗筋を紹介させていただこう。
 ホールドレッド=タヴェレル卿が失踪し、婚約者のマージョリー=ハーパーがスティーヴン=コスティガンとジョン=ゴードンに捜索を依頼する。コスティガンとゴードンが捜査を進めるうちに、またしてもカトゥロスの影が……。彼は生きていたのだ。なおズレイカはコスティガンと一緒に幸せに暮らしているはずなのだが、ルポフは前作の結末を改変し、ロンドンの10分の1を吹き飛ばした大爆発の際に彼女は消息を絶ったということにしている。
 中盤でゴードンは雷に打たれ、あっさり死んでしまう。敢えてカトゥロスの誘いに乗り、独りで敵地に乗りこむコスティガン。そこにはズレイカがいたが、麻薬漬けにされた上に洗脳され、すっかりカトゥロスの操り人形と化している。カトゥロスから彼女を取り戻そうとするコスティガンは、ダイオウイカヤツメウナギを交配させて生み出された怪物と素手で戦う羽目になる。
 死闘を制したコスティガンはカトゥロスを捕らえ、首の骨をへし折って殺害する。誘拐されていたホールドレッド卿は無事に救出された。コスティガンはズレイカも取り戻したが、彼女はしばらく麻薬治療施設で暮らさなければならないのだった。
 話はこれだけなのだが、"The Return of Skull-Face"にはマージョリーの兄弟ハリーの婚約者としてジョアンなる女性が登場し、ルポフは彼女を"Lord of the Dead"*1および"Names in the Black Book"*2ジョアン=ラトゥールと同一視している。裏社会に生きる身だったジョアンだが、足を洗って移住先の英国で新しい生活を始めた――とルポフは述べており、"The Return of Skull-Face"がスティーヴ=ハリソンの物語の後日談という位置づけになっていることが窺える。ところが、この設定では時系列に矛盾が生じると指摘する記事が故フィリップ=ホセ=ファーマーの公式サイトに掲載されていた。

http://www.pjfarmer.com/woldnewton/Steve_Harrison.pdf

 念のために断っておくと、書いたのはファーマー本人ではなくリック=ライという人だ。"The Return of Skull-Face"はアルゴンヌの戦いから12年後、すなわち1930年に起きた出来事の話だが、"Lord of the Dead"の事件が起きたのは1931年に違いない――とライは指摘し、時間的には"The Return of Skull-Face"のほうが前に来るはずだと述べている。
 すなわちジョアンとハリーの婚約は何らかの理由で破談になってしまい(おそらくジョアンが裏社会の人間だったという過去が明るみに出たのだろう)、彼女は失意のうちに米国に戻って再び裏社会で生きるようになった。そしてスティーヴ=ハリソンと巡り会ったのだ――というわけだ。ずいぶんと気の毒な話だが、そもそもルポフが余計な設定をこしらえたのが混乱のもとというべきだろう。
 またルポフはエルリク=ハーンをカトゥロスの部下と見なしているようだが、リック=ライはこれにも異議を唱え、むしろカトゥロスがエルリク=ハーンの部下だろうと主張している。だとすればアトランティスの生き残り云々は詐称ということになってしまいそうだが、ルポフの続編でカトゥロスが凄みをいくらか失って小物っぽくなったことに対する遠回しな当てこすりなのかもしれない。
 一方、一昨日と昨日の記事で紹介したタルサ=ドゥームとカトゥロスは共通点が多い。まず髑髏のような顔がそっくりだし、どちらもアトランティスと縁がある。そして何よりタルサ=ドゥームは一度カトゥロスを名乗っているのだ。身も蓋もない話をしてしまえば、発表する当てのない"The Cat and the Skull"のネタをハワードが使い回したということなのだろう。だがスカルフェイスは単なる紛い物だったのか、はたまた現代に甦ったタルサ=ドゥームなのか――と妄想を逞しくしてみたくなるところだ。