新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

眠っている人たち

 昨日の記事で言及した"The Sleepers"という短編のことをダーレスは1926年9月6日付の手紙でラヴクラフトに報告している。

申し上げるべきかどうか迷ったのですが、"The River"を書き直したらライト氏がついに受理してくれました。現在は"The Sleepers"を執筆中です。幽霊列車の話なのですが、ウィアードテイルズは幽霊譚の在庫が山ほどあるとライトからはいわれました。

 "The River"というのはマーク=スコラーとの合作で、ウィアードテイルズの1927年2月号に掲載された。*1ヴォルガ川にダムを建設するために招聘された英国人の技師が亡霊の祟りに遭うという話なのだが、戦間期ソビエト連邦を舞台にしている点が珍しい。
 "The Sleepers"の主人公はマッカーシーという作家。カリフォルニアからシカゴへ向かう寝台特急で遭遇した怪異を彼が客人たちに物語るという話だ。予約した個室で別の人物が寝ていたので、作家は車掌を呼んで苦情をいった。車掌と作家は寝ている男を起こそうとするが、その身体にはまるで手応えがない。真っ青になって顔を見合わせる二人。
「こんな不思議なことが」
 そういって車掌は同じ客車の他の個室を調べた。どの個室で寝ている乗客も姿ははっきり見えるのに、触ることはできないのだった。そのとき、車掌の青い制服を着た小柄な男が入ってきた。彼の様子は誰かに呼び出されたかのようだった――そこまで作家が語ったところで口を挟む者がいた。
「それは違います、マッカーシーさん。悪い予感がしたので確かめに来たのですよ」
 そう発言したのは青いスーツを着た小柄な男だったが、誰も彼の言葉を気にとめていないようだった。作家は話を続けた。
 小柄な男はかき消すようにいなくなってしまった。そして車掌と作家が振り向くと、そこで寝ていたはずの人物も消えていた。特急列車はペンシルベニアを通過中で、有名なホースシューカーブにさしかかったところだった。車掌はいった。
「1年前の今日、この場所で何があったか御存じですか?」
 ちょうど1年前、寝台特急の事故で77名の乗客が亡くなったのだという。そして作家が今いる客車は、その事故に遭った車両を再生して現役に復帰させたものだった。眠っていた人々は事故で死んだ乗客の幽霊だったのだろう。語り終えた作家は付け加えた。
「ところで、車掌の幽霊は悪い予感がしたから来たのだとおっしゃった方がいらっしゃいませんでしたかな? しかし、その車掌は即死してしまったので、事故の直前に何を考えていたのかはわかりようがないのですよ」
 青いスーツを着た小柄な男が座っていた椅子を皆は一斉に見たが、そこにはもう誰もいなかった。そして部屋のドアには内側から鍵がかけてあった……。
 この作品はウィアードテイルズの1927年12月号に掲載された。短い話なので挿絵もつかなかったが、ラヴクラフトは「達成しがたい効果において君の最良作のひとつ」「何気ない背景の扱い方も自然で質朴」と1927年10月28日付の手紙で褒めている。実際、ただ眠っているだけの幽霊の描写は過度におどろおどろしくならず、雰囲気のいい仕上がりになっていると思う。作家が話をしているところに車掌の幽霊が現れて突っこみを入れるという突飛な展開もここでは効果的だ。
 幽霊の話は余るほどあると言いつつ"The Sleepers"を受理したライト編集長の眼は節穴ではなかったのだろう。もっともダーレスは彼のいいかげんさを早くも見抜いていたようで「私とスコラーが合作した"The Black Castle"をライトはいっぺん没にしてから受理してくれました。でも私はその原稿を書き直していないのです」と1926年10月15日付の手紙でラヴクラフトに報告している。かくしてダーレスは没原稿を何カ月か寝かせておき、まったく改稿せずに何食わぬ顔で再提出してライトに受理させるようになったのだった。そんなダーレスのことをホフマン=プライスは「プロの中のプロ」と呼んでいる。