新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

私の舟

 ジョアンナ=ラスに"My Boat"という短編がある。
 語り手はジムという名の男性。物書きを生業としている彼はエージェントに高校時代の思い出話をする。1952年、ロングアイランドの高校に通っていた彼には、セシリア=ジャクソン(愛称シシー)というアフリカ系の同級生がいた。幼い頃に目の前で父親を射殺された彼女は心に傷を負っており、周囲に心を開こうとしない。ジムは友人のアラン=コッポリーノ(愛称アル)と連れ立って校長先生のところに行き、シシーを何とかしてくださいという。
「彼女と来たら授業を休んでばかりだし、誰とも付き合おうとしないんです」
 出席日数が少なくともシシーは君たちよりずっと成績がいいよと校長先生は痛いところを突き、君たちが彼女の友達になってあげたらどうですかと諭す。こうして、彼ら二人とシシーの交流が始まった。
 二人と打ち解けたシシーは自分の秘密を明かす。従姉妹と二人で手に入れた古いボートを持っているというのだ。シシーに誘われたジムとアルは、そのボートに乗りに行くことにした。お弁当を持った二人が出かけていくと、港に泊めてあったボートは予想通りボロボロだったが、それをシシーは宝物のように大事にしていた。
 3人がボートに乗りこむと、不思議なことが起こった。もはやボートはみすぼらしくはなく、象牙レバノン杉で造られた堂々たる姿をしている。シシーの姿は伝説の女王ネフェルティティのように美しく威厳に満ちており、アルもフランシス=ドレークのように颯爽としていた。アルはいう。
「さあ出航しましょう。目的地はオオス=ナルガイとセレファイス、そして凍てつく荒野のカダス」
 舫い綱を解いてほしいとシシーに頼まれたジムが桟橋に戻ると、警官が彼を見咎める。ジムがへどもどしながら振り返ると、もうボートはどこにも見当たらなかった。そして、それっきりシシーもアルも帰ってこなかったのだ。後からジムが知ったのは、シシーには従姉妹などいないということだった。
 すべてはシシーの魔法だったのだろうとジムは語る。実は昨日アルに再会したんだ。自分としばらく会話した後でまた姿を消してしまったんだが、失踪したときと同じ17歳のままだった。いつの日か、シシーとアルの乗った船がタイムズスクエアの上空に現れたりするのだろうか……。
 "My Boat"の初出はF&SF誌の1976年1月号で、その後Tales of the Cthulhu Mythos の新版に収録された。前半は青春小説、後半は文明批判の趣がある作品だ。ラスのクトゥルー神話小説は珍しいが、他にも"'I Had Vacantly Crumpled It Into My Pocket...But by God, Eliot, It Was a Photograph from Life!'"がある。こちらは現実逃避を繰り返すオタ男が人外の美女に魅入られて凍死するという話で、主人公に己を重ね合わせた私は笑う気になれなかった。
 なお、ラスは今年の4月29日に世を去った。享年74(参考)。冥福を祈る。

Tales of the Cthulhu Mythos: Stories

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