事件記者ハリガン
ダーレスのHarrigan's File は、ベテラン記者のテックス=ハリガンを狂言回しとする連作短編集である。1975年にアーカムハウスから刊行され、全部で17の短編が収録されているが、そのほとんどは1950年代に発表されたものだ。いずれもハリガンが見聞した不思議な事件の話で、ダーレス自身とおぼしき無名の聞き手とハリガンが酒を酌み交わしながら対話する場面が大半を占めている。原題を直訳すれば『ハリガンの事件簿』だが、私が邦題をつけるとすれば『事件記者ハリガン』といったところだろう。第1話「マキルヴェインの星」(McIlvaine's Star)の冒頭でハリガンは次のように述べる。
お好きなように呼ぶがいい。道を踏み外した人、迷える人、風変わりな人、歪んだ天才──そういう人たちのことなら僕はよく知っているから、奇妙な人々の話だけで紙面を埋め尽くすことだってできる。ずいぶん長いこと記者をやってきたから、その手の人たちにはたくさん会っているんだ。
事件記者ハリガンのシリーズを敢えて分類するならばSFということになるだろうが、これは誤解を招くおそれがある。確かにロケット・タイムマシン・人工知能などが出てくるのだが、ダーレスが書こうとしているのはそれらのSF的なガジェットではなく、ハリガンのいう「奇妙な人々」なのだ。ハリガンは様々な人間と会い、タイムトラベルや月世界探検に関する話を聞くが、その人たちこそが物語の中心である。ハリガンはあくまでも傍観者に過ぎず、しかもダーレスがハリガンから話を聞くという二重の伝聞になっている。そのため物語の内容が真実であるかどうかは常に曖昧で、このことがシリーズの大きな特徴といえる。ハリガン自身はどの事件も合理的に解釈して怪異の存在を認めようとしない。
たとえば「マキルヴェインの星」はサディアス=マキルヴェインというアマチュア天文学者の老人が主役である。マキルヴェインは新しい星を発見し、その星の住民との交信に成功したと主張した。彼らはきわめて科学・技術の発達した種族で、老いるたびに若返ることで不老不死を獲得しているほどだった。彼らは親切心からマキルヴェインを若返らせてやるが、異星の技術を地球人の肉体に適用した結果、若返ったマキルヴェインは年齢と一緒に記憶まで失ってしまった。彼はマキルヴェインの甥として新しい生活を始めるが、自分が発見した星のことはもはや思い出せず、異星人との交信に使っていた装置も捨ててしまう。ある晩、仕事から帰る途中のマキルヴェインにハリガンが出くわすと、彼はバーの外から店の中を覗き込んでいるところだった。かつて彼の友達だった老人たちがそこにいるのだ。だがマキルヴェインは彼らを思い出すことができない。ハリガンは語る。
彼の顔に浮かんでいたのは──以前しょっちゅう気づかされたのと同じ表情。自分が知るべきことがある、思い出さねばならないことがあると訴えているかのような表情。自分が行うべきことがあり、語るべきことがあるが、そこまで引き返していって辿り着くための道はないのだといっているかのような表情だった。
単純に異星人とのコンタクトの物語として読んだ場合、この話はいささか物足りないかもしれない。だが物語の本質はそこにあるのではない。自分を受け入れてくれる人間を、自分が受け入れられる場所を必死で探すマキルヴェインの孤独な姿──その描写にダーレスの真骨頂が発揮されている。社会のどこにでもいるアウトサイダーたちを描き出す彼の筆致は淡々としていながら哀しみと共感に満ちており、静かながら深い感動を生み出す。それこそがダーレスの文学の本質である。