もしもダーレスが「インスマスを覆う影」を書いたら
「インスマスを覆う影」の原稿を読んだダーレスはラヴクラフトにいくつか意見を述べたようだ。その手紙は残っていないが、ラヴクラフトの書いた返信から内容の推測することができる。ダーレスが提案したのは――
- 主人公がインスマスの血を引いていることを早い段階で示唆しておく。
- ザドック爺さんの話は短く切り詰める。
- 主人公の末路を示すために、彼以外の人物による「後記」をつける。
ラヴクラフトは1932年1月28日付の手紙で次のように返事をしている。
拙老の「インスマスを覆う影」に対する丁寧で啓蒙的な分析に深く感謝いたします――ご指摘いただいた事柄のいくつかは至極しっかりした根拠があるように思われます。より直截に血脈の話をして前兆とすることは自分でも考えたのですが、あまりにも早く主人公の真の先祖を感づかせてしまうことになりそうだったのでやめました。インスマスに関する情報はもっと微妙で段階的な紹介の仕方をしてもいいのではないかとも思いましたが、さらに話が長くなってしまうに違いありませんから採用しませんでした。もっと優秀な作家ならザドックの物語を短くできるのでしょうが、私には無理です――私は何度も試行錯誤を繰り返し、ようやく現在の形に辿りついたのですから。出来事を取り上げる順序は変更するくらいなら、今のままにしておいたほうがマシなようです――ですが「編者による」後記というのは悪い考えではなさそうですね。
ダーレスの提案も決して間違ってはいないと思うのだが、実行するに当たってはラヴクラフトが指摘したような問題があることも確かだ。後にダーレスが書いた「ルルイエの印」には、このときの彼の意見がいくらか反映されているように思われる。
なお、ラヴクラフトは続けて「この原稿は編集部には送らず、友達に読んでもらうだけにしましょう。君の分析を皮切りとして、みんなの意見は全部ありがたく頂戴します。そして、いつか原稿を書き直すことがあったら必ず参考にさせてもらいます」と述べている。相変わらず彼は後ろ向きなのだった。