セトの指輪
『マレウス・モンストロルム』ではナイアーラトテップの化身としてエジプトの邪神セトが挙げられているが、これには異説も存在する。リチャード=L=ティアニーによるとセトはハスターの化身であり、こちらの説の方が個人的には好きだ。
ティアニーの「セトの指輪」(The Ring of Set)は1977年に発表された短編で、シモン=マグスを主人公とする一連の作品の第1作に当たる。題名からわかるように、ロバート=E=ハワードの創造した魔道士トート=アモンの持っていた「セトの指輪」を巡る話だ。ティアニーの解釈ではセトはハスターの化身なので、セトの指輪は実際には「ハスターの指輪」ということになる。以下に「セトの指輪」の粗筋を記すが、作品の核心および結末に触れているので御注意いただきたい。
紀元37年の3月、ローマ皇帝ティベリウスが偶然セトの指輪を手に入れるところから物語は始まる。ティベリウスの命は旦夕に迫っていたが、帝位継承者のカリギュラは指輪の真価を知っていた。奸智に長けたカリギュラが指輪を手に入れれば、彼はその力を使って地上に君臨することだろう。ローマ帝国に反逆するシモン=マグスは、そうなる前にティベリウスから指輪を奪おうとする。
ティベリウスがカプリ島に引き上げていく途中でシモンは彼に追いつき、宵闇に紛れて皇帝の寝所に侵入した。床に伏せっているティベリウスの指からシモンは指輪を引き抜こうとするが、指輪はぴったりとはまっていて抜けず、まるで皇帝の指に合わせてサイズを変えたかのようだった。「指輪が余を放してくれぬ!」とティベリウスは悲鳴を上げ、シモンの見ている前でハスターが顕現した。ここでのハスターは、冷徹な知性を双眸に湛えた黒い蛇の姿をしている。ハスターの姿が消えたとき、ティベリウスは息絶えていた。
我に返ったシモンがティベリウスの亡骸から指輪をとろうとすると、もう指輪はティベリウスへの興味を失ったかのようで、今度はあっさりと抜けた。無事に脱出したシモンは、誰にも発見されない場所に指輪を隠したという。それから2000年近い歳月が流れたわけだが、誰か権力者がまたハスターの指輪に魅入られたりしていないだろうか。