新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ホームズの語られざる事件

 コナン=ドイルの「オレンジの種五つ」の冒頭には「ウッファ島におけるグライス=パターソン一家の奇妙な冒険」への言及がある。シャーロック=ホームズが解決したらしいのだが、いかなる事件であったのかワトソンは語っていない。高名なSF作家であると同時にシャーロッキアンでもあったポール=アンダースンが、"In the Island of Uffa"というエッセイで事件の全貌をわずかな手がかりから推理している。
 まず、ウッファ島はどこにあるのだろうか? デンマークにあるはずだというフレッチャー=プラットの見解をアンダースンは紹介しているが、彼自身はそれに同意していない。アンダースンによると、ウッファというのは現在のイースト=アングリアのあたりを紀元6世紀に支配していたチュートン族の長だそうである。彼の首府はノーフォークの南部にあった。湖の多い地域であり、もちろん島もある。それこそがウッファの島だろうとアンダースンは結論している。
 わざわざ「グライス=パターソン一家の奇妙な冒険」と書いてあるくらいだから、冒険したのはホームズとワトソンではなくグライス=パターソン一家なのだろう。ホームズはロンドンで彼らの話を聞くだけで解答を出した、つまり安楽椅子探偵の役目だったに違いない。「グライス=パターソン一家」は原文では"the Grice Patersons"となっており、夫婦・親子・兄弟など様々な意味にとれる。アンダースンは「夫妻」と解釈し、裕福で衒学的な若夫婦だろうと述べている。
 グライス=パターソン夫妻の冒険とは、ノーフォークの島にウッファが築かせた砦の遺跡で宝探しをすることだったのだろう。砦には亡霊が憑いていると反対する地元民。幽霊を装った何者かによる妨害もあったが、夫妻は発掘を成し遂げる。しかし財宝はもう持ち去られた後で、小さな黄金のかけらが落ちているばかりだった。
 グライス=パターソン夫妻はロンドンに戻り、ホームズのもとを訪れて一部始終を語った。彼らの話を聞いてホームズは推理する。財宝など最初からなく、殺人犯が被害者の死体を遺跡に隠していたのだろう。ところが夫妻が宝探しを始めたので犯人は慌てて邪魔をし、別のところに死体を移したのだ。遺跡の中に転がっていた黄金のかけらは、実は死体から落ちた金歯だった。かくして真相が明らかになり、犯人は逮捕される。たった一行の記述からアンダースンは風呂敷を広げてみせたわけだが、これこそがシャーロッキアンの楽しみというものだろう。

The Game Is Afoot: Parodies, Pastiches and Ponderings of Sherlock Holmes

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