新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

好古家の姪

 バーバラ=ハンブリーに"The Adventure of the Antiquarian's Niece"という短編がある。Shadows Over Baker Street に収録されている短編で、当然ながらシャーロック=ホームズの活躍するクトゥルー神話作品だ。幽霊狩人カーナッキも出てくる。
 バーンウェル=コルビーという裕福な米国人がホームズのもとを訪ねてくるところから物語は始まる。コルビーはオックスフォード大学でカーステアズ=デラポーアに師事し、卒業後も彼のもとで民俗学を学んでいるうちに、カーステアズの姪のジュディスと恋に落ちた。しかしジュディスの祖父にしてデラポーア家の無慈悲な支配者であるガイウス=デラポーア子爵は二人の仲を認めず、ジュディスの後見人であるはずのカーステアズも冷酷な父ガイウスの言いなりだった。ずっと家に閉じこめられて暮らすことになりそうですという手紙をジュディスから受け取ったコルビーは、どうか彼女を救い出してほしいとホームズに依頼する。
 ホームズは行動を起こし、ワトソンを連れてカーナッキのもとを訪問する。カーナッキは本を引っ張り出し、ガイウス=デラポーア子爵の所領であるデプウォッチ修道院の歴史を読み上げる。かつてデプウォッチ修道院はグリムズリー家が治めていたが、その姻戚であるデラポーア家が相続したのだ。17世紀後半、デプウォッチの領主だったのはルパート=グリムズリー卿だったが、彼は自分の妻と二人の娘に殺害されてしまった。その死体は煮られて骨だけとなり、頭蓋骨は魔除けとして館の中に安置されたということだ。それ以来、代々の領主にはルパート=グリムズリーの精神が憑依しているという噂があった。
 要するに「壁の中の鼠」と「戸口の怪物」がまぜこぜになっているわけだ。コルビーが再びホームズを訪問し、万事うまく行ったので心配はもう何もないと告げる。ガイウス=デラポーア子爵と面会して話し合い、朽ちつつある館を修理するための費用を出してやると持ちかけたところ、ジュディスとの結婚を承諾してくれたというのだ。「野良犬には餌をやれば、吠えるのを止めるんだ」といいながら、コルビーはホームズへの謝礼として金貨の袋を机の上に放り投げた。それを見たホームズは蒼白になる。
 つまりコルビーはもう精神交換によってガイウスに体を乗っ取られてしまったのだ。コルビーの姿をしたガイウスのいった「野良犬」とはガイウスのことを指しているように聞こえるが、実際にはホームズのことだろう。ホームズが蒼白になったのは、コルビーがガイウスの餌食になったことに気づいたからであると同時に、侮辱されて怒ったからでもあるように思われる。コルビーはホームズに頼まれて自分の連絡先を紙片に書くが、その筆跡はコルビー本来のものとはまるで違っていた。コルビーが立ち去った後、ホームズは静かにいう。
「もし彼を救ってやれないとしても、せめて仇は討ってやれる」
 コルビーがジュディスからもらったという手紙は涙で字がにじんでいたが、普通に手紙を書いていたにしては有り得ない位置に涙の跡があるとホームズは指摘する。事件の発端となった手紙にしてからが、コルビーをおびき寄せるための策略だったのだ。
 ホームズはデプウォッチ修道院に乗り込むために準備を整えるが、ホームズとワトソンが泊まっている宿にカーステアズがやってくる。ワトソンはカーステアズに精神を交感されてしまい、気がつくとデプウォッチ修道院の地下にいた。そこにはガイウスも閉じこめられている。否、ガイウスの姿をしたコルビーだ。
 コルビーの体を乗っ取ったガイウスが地下に降りてきて、ルパート=グリムズリーの頭蓋骨を掲げながら呪文を唱え、不定形の魔物に命令する。かわいそうにコルビーは魔物に呑みこまれてしまった。その時、ガイウスが苦しみはじめる。わけがわからずにいるワトソンの前で床に倒れたガイウスから頭蓋骨を取り上げたのは、金色の瞳の美少女だった。ジュディスだ。彼女が呪文を唱えると魔物がガイウスに襲いかかり、ぐしゃぐしゃになった肉と骨の塊が後に残った。
 得体の知れない装置を背負い、火花を散らしている金属棒を手に持ったカーナッキとホームズが地下室に乗りこんでくる。何だかゴーストバスターズみたいな格好だが、カーナッキの装置が発生させるフォースフィールドは精神交換の術を無効化するのだ。たぶんウィルマース財団などもその装置を常備して精神攻撃に対抗しているに違いないが、それにしてもカーナッキ恐るべし。
 そこにいる老人の中身がワトソンであることを確認するためホームズは奥さんについて質問するが、その質問は「ワトソン、君の奥さんが一番好きだった花は何だ?」としっかり過去形になっている。つまりメアリ夫人はもう他界しているわけですが、この辺はシャーロッキアンの考察を踏まえたものだろう。
 ホームズはすでに真相をあらかた突き止めていた。生贄として地底の魔物に捧げられそうになったジュディスは仕方なく嘘の手紙でコルビーをおびき寄せたのだが、彼に遅効性の毒を盛ることにより、ガイウスが彼の体を乗っ取っても役に立たないよう手を打っていた。ガイウスが苦しんで倒れたのは、そのためだったのだ。殺人ではあるが、緊急避難ということで放免せざるを得ないだろう。
 さらに明かされた恐るべき事実は、ガイウス=デラポーア子爵と名乗っていた人物の正体がルパート=グリムズリー卿に他ならないということだった。ルパート卿が代々の当主の体を乗っ取って生きながらえ続けているという噂は本当だったのだ。ルパート卿の髑髏をホームズに手渡しながらジュディスは説明した。デプウォッチ修道院は地底世界への戸口であり、地上を地底の妖魔から守るべく監視するのがジュディスの一族に課せられた使命だった。だがルパート卿は守護者でありながら自らの力に溺れ、道を踏み外してしまったのである。
 カーナッキの装置によってワトソンは本来の肉体に戻り、カーステアズは始末された。ジュディスは新たな守護者となり、妖魔のひしめく地底へと至る道に異変がないか見張る孤独な役目を引き継ぐ。そしてルパート卿の頭蓋骨がどうなったかというと、実はまだホームズとワトソンの下宿にあるのです。
 この物語はすべてワトソンの視点から語られている。彼は出来事の意味をまったく理解していないので、事件は未解決のままということで話が終わっているのだが、ラヴクラフトの作品を読んだことのある人なら真相を知ることができるわけだ。いささか凝った趣向であるといえるだろう。

Shadows Over Baker Street: New Tales of Terror!

Shadows Over Baker Street: New Tales of Terror!

  • 作者: Neil Gaiman,Steven-Elliot Altman,Brian Stableford,Michael Reaves,John Pelan
  • 出版社/メーカー: Del Rey
  • 発売日: 2005/03/01
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