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ホームズのチェス

 フリッツ=ライバーに"The Moriarty Gambit"という作品がある。1962年に発表された短編で、シャーロック=ホームズが若い頃モリアーティ教授とチェスで対戦していたという内容だ。The Game Is Afoot に収録されている。
 ホームズがワトソンにチェスの駒を手渡す場面から物語は始まる。それは黒のキングで、王冠の部分が破損したのを修復した痕があった。僕もかつてはチェスに熱中していた、それどころか1883年にロンドンで開催された国際大会ではモリアーティ教授と対局したのだ──そういってホームズは思い出話をする。実はワトソンもチェスの愛好家だったので、熱心に聞き入るのだった。ライバーの妄想が満開の作品である。
 1883年にロンドンで国際大会があったというのは史実である。ホームズがその大会に参加したのは友人の棋士ヘンリー=エドワード=バードの勧めによるものだったということになっているが、これも実在の人物だ。ホームズとモリアーティの対局は作中で全貌が明らかになっているので、紹介させていただこう。白がホームズ、黒がモリアーティである。なおライバーは記述式で棋譜を書いているが、代数式に改めた。

  1. d2-d4 d7-d5
  2. c2-c4 e7-e6
  3. Nb1-c3 c7-c5
  4. c4xd5 c5xd4
  5. Qd1xd4 Nb8-c6
  6. Qd4-a4 e6xd5
  7. Ng1-f3 d5-d4
  8. Nc3-b5 Bc8-d7
  9. Nb5xd4 Bf8-b4+
  10. Ke1-d1 Nc6xd4
  11. Qa4xb4 Nd4xf3
  12. e2xf3 Bd2-a4+
  13. Kd1-e2 Qd8-d1+
  14. Ke2-e3 O-O-O
  15. Bc1-d2 Qd1xa1
  16. Bf1-a6 Rd8-e8+
  17. Ke3-f4 Re8-e4+
  18. f3xe4 g7-g5+
  19. Kf4-f3 Qa1xh1
  20. Qb4xb7+ Kc8-d8
  21. Qb7-c8+ Kd8-e7
  22. Bd2-b4+ Ke7-f6
  23. Qc8-f5+ Kf6-g8
  24. Qf5xg5#

 黒の9手目のチェックは恐るべき罠である。普通にビショップで合駒すると10.Bd2 Nxd4 11.Qxb4 Nc2+で白のクイーンが死ぬ。対するホームズは15手目に鮮やかな反撃を見せ、ルークを二つとも捨てる豪快な手筋で一気にチェックメイトまで持って行く。
 戦いが終わり、敗れたモリアーティ教授は怖ろしい力で黒のキングをへし折ると無言で立ち去った。勝ったホームズも会場を後にする。チェスよりも大事な仕事が自分を待っているという気がしたからである。そしてホームズとモリアーティがチェスを指すのは、それが最後になった。不作法にも無断で棄権した二人の名前は大会の参加者名簿から抹消され、怒ったバードはホームズと絶交してしまう。ホームズはワトソンにしみじみと語るのだった。
「時にはチェスを捨てなければならないこともあるのさ……」

The Game Is Afoot: Parodies, Pastiches and Ponderings of Sherlock Holmes

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