廃坑の怪
マイクル=シェイに"Momma Durtt"というクトゥルー神話短編がある。2012年に発表されたもので、シェイの最晩年の作品だ。
キム=ハースは二十代前半の女性、相棒のアレックスと一緒にタンクローリーで産業廃棄物を運んでいるところだ。途中で立ち寄った店で二人が出会ったのはホームレスの女性だった。不気味なほど肥大し、酔っ払っている。彼女は「一杯やんな!」といってキムにビール瓶を押しつけ、そのラベルには「旧支配者ビール」と印刷してあった。瓶はきれいで未開封だったのだが、キムとアレックスは気味悪がって飲もうとしなかった。
「あのおばさんの臭いときたら……」とアレックスがいった。
「私たちが運んでる廃液みたいな臭いがしたね」とキムは指摘する。
処分場として使われている廃坑に到着した二人はホースで廃液を坑内に注ぎこむ。容器に詰めるわけでもなく直に棄てているのだが、違法かどうかはさておき何とも環境に優しくなさそうだ。ちなみに、その廃坑を所有しているのはルー=ボニファシオという犯罪組織の親分だった。
キムとアレックスはタンクローリーをその場に残し、ピックアップに乗って立ち去った。次にやってきたのはソル=ラザリアンという男で、ボニファシオの命令で死体を二つ捨てにきたのだ。ソルは二人の三下に死体の処分を命じた。
廃坑の中には廃液がたまっており、有毒ガスが発生しているため防毒マスクをつけなければ中には入れない。三下たちは死体に重しをつけて捨てるが、突如として現れた化物によって自分たちも廃液の中に引きずりこまれてしまった。
三下が犠牲になることはソルにとって予想どおりだったらしく、彼はなにやら祈りを捧げている。ソルは人殺しが好きという物騒な男だが、弱いものではなく「サムライ」を狩ることに喜びを見出すという美学の持ち主だ。もっと生贄を持ってまいれと廃液の中のものが命じるので、ソルは親分のボニファシオを連れてきた。
「親分、あんたを生贄にさせてもらいます。俺も彼女のことをちゃんと理解してるわけじゃないんだが、彼女が何をするかはわかるんで」
どうやら廃坑の邪神は女神のようだ。巨大な手が廃液の中から出てきてボニファシオを捕え、さらに巨大な顔が現れてソルに話しかけた。
「おまえは死なぬ。この世がある限り私に仕え、悪疫と毒物を世界に撒くのだ。私は最年少の旧支配者、この有害な惑星と同い年に過ぎぬ」
地球と同い年ということは約46億歳だが、それで最年少とはさすが旧支配者だ。もっともクトゥルーやハスターやツァトゥグアは確かにもっと年を食っていそうである。
「お仕えいたします、大いなる御方よ!」ソルは恍惚として叫ぶ。「時が果てるまでお仕えいたします!」
「それでは、仕えるための力をおまえにやろう」
かくしてソル=ラザリアンはタンクローリーに乗り、己の使命を果たすために出発した。彼の片手には例の旧支配者ビールの瓶が握られているのだが、飲酒運転はよろしくないと思う。
それから1週間後、キムとアレックスは国道沿いの店で食事をしていた。ふと窓の外に眼をやると、見覚えのあるタンクローリーが爆走していく。それを見て、二人は顔を見合わせたのだった。
何となく都市伝説っぽい結末。つまるところ、キムとアレックスが遭遇したホームレスの女性は旧支配者の化身だったのかもしれない。なお御存じの方も多いだろうが、作者のシェイは昨年の2月に世を去った。冥福を祈る。
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