白狼の息子
ここしばらくエル=ボラクの話をしてきたが、今日が最後になる。ロバート=E=ハワードの"Son of the White Wolf"はスリリング=アドベンチャーズの1936年12月号を初出とし、現在は原文がウィキソースやプロジェクト=グーテンベルク=オーストラリアで無料公開されている。
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時は1917年、第一次世界大戦の最中だ。オスマン=パシャというトルコ軍の将校が突如として上官を殺害し、100人ほどの兵士を率いて戦線から離脱した。イスラム教を棄てて父祖の教えに立ち返るべきだとオスマンは主張し、白い狼の頭部を染め抜いた旗を掲げさせる。
「男は殺し、女は奪え。新しい民族を創出するのだ!」とオスマンは叫んだ。
オスマンと部下たちはエル=アワドという小さな村を襲撃し、男性を皆殺しにして女性を連れ去る。その村に滞在していたドイツ帝国の敏腕スパイ・オルガ=フォン=ブルックマンも捕えられてしまった。エル=ボラクことフランシス=ゼイヴィア=ゴードンは朋友のユセフから一部始終を聞く。
「エル=アワドの民でアラビアのために戦ったのは俺だけだった。他の者たちはトルコの側についたが、それなのにトルコ兵が村を襲ったんだ! 俺は故郷を守ろうと戦ったが――この有様だ」ユセフも虫の息だった。「エル=ボラク、お願いだ! どうか仇を!」
「約束するぞ」とゴードンはいった。それを聞いて、ユセフは安心したように息を引き取る。
トルコに友好的な村で虐殺を行うとは尋常ではない。正規軍ではなく、無法者と化した連中の仕業に違いないと考えたゴードンはオスマンを追跡する。道中、彼が見たものは頭を割られた幼児の死体だった。エル=アワドの女性が懐にこっそり抱いていたのを兵士が見つけ、取り上げて殺害したのだ。エル=ボラクのシリーズの中でも、この作品は特に凄惨だ。
オスマンに追いついたゴードンは不意打ちによってオルガを救出した。ドイツの諜報員であるオルガにとってトルコは友邦、一方ゴードンはトルコと戦う立場だが、二人はひとまず手を組むことになる。ジュヘイナ族の戦士たちが近くにいるはずだとゴードンは語った。彼らはアラビアのロレンスの部隊と合流しようとしているところだが、理由を話して一緒に戦ってもらおうというのがゴードンの計画だった。
「これは博打だな。賭けるのは俺たちの命だ。乗るかね?」
「最後の一枚までカードを使ってやるわよ!」とオルガはいった。
しかしゴードンはジュヘイナ族には会えなかった。わずかな差で彼らは出発してしまい、代わりにいたのはトルコ側に与するルワーラ族だった。絶体絶命のゴードンだったが、戦士たちを前に熱弁を振るう。
「諸君、オスマンの所業を許しておいていいものか! 共に戦い、奴らに復讐してやろうではないか!」
戦士たちは賛成し、彼らに押し切られる形で族長のミトカル=イブン=アリも同意する。ゴードンとオルガの接近に気づかなかった歩哨のムーサという少年をミトカルは処刑しようとしたが、ゴードンが止めた。
「おかげで俺たちは一緒に戦うことになった。これも神の思し召しだろう」
命を救われたムーサはゴードンに感謝し、彼にミトカルの魂胆を明かす。ミトカルは従僕のハッサンに命じ、オスマンとの戦いに勝った後でゴードンをこっそり射殺しようとしていた。エル=ボラクは戦死したと言い繕おうというのだ。
オスマンと部下たちが現れ、戦いが始まった。ハッサンは戦いの最中に斃れ、ミトカルも死んでいった。ゴードンは容赦なく刃を振るい、ついにオスマンを討ち取って復讐を果たした。
「もう君は安全だ」とゴードンはオルガにいった。「ルワーラ族にトルコ軍の基地まで送り届けてもらえばいい」
「じゃあ私を逃がしてくれるの?」
「だって本当は味方だろう?」
オルガは実の名をグロリア=ウィロビーといって、ドイツと英国の二重スパイだった。偽の情報を流してトルコを混乱させることが彼女の真の任務であり、ゴードンはそのことをとっくに知っていたのだと語られて幕となる。
エル=ボラクの物語を作中の時系列に沿って並べれば、この作品が掉尾を飾ることになると見ていいだろう。なお、この出来事から2年後の1919年、アフガニスタンは英国との戦争に勝って外交権を回復し、完全独立を達成した。その戦いにおいてエル=ボラクがいかなる活躍をしたのか、ハワードも何も語っていないようだ。