新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

暗闇に一直線

 昨日に続いてブライアン=マクノートンクトゥルー神話作品の話である。彼はSatan's Love Childに続いてSatan's MistressSatan's Seductressを書いた。この2冊は続き物で、いずれも後に改作されている。Satan's Mistressを書き直したものは題名をDownward to Darknessという。

 パトリック=ローリンは成績優秀だけれども、周囲と打ち解けることのできない高校生。父親のフランクはハーバード大卒の画家、母親のローズも博士号を持つ才媛で、水車小屋を改造した屋敷に親子3人で住んでいる。水車小屋はローズの先祖から受け継がれたものなのだが、その先祖というのは悪名高い魔術師モードレッド=グレンダワーだった。モードレッドは村人たちに焼き殺され、彼の娘であるミルダスも魔女として四つ辻で縛り首になったが、ハワード=アシュクロフト博士というオカルティストが偶然にもモードレッドの霊を甦らせてしまう。モードレッドはパトリックを装って旧支配者への奉仕を再開しようとし、ミルダスを復活させた。ミルダスの亡骸が埋められていた四つ辻は今ではゴミの埋め立て地になっており、甦った彼女は様々な動植物が混じり合った凄まじい姿をしていた。おまけに知性もあらかた失われてしまったらしく、ひたすら空腹を訴えるばかりだ。
 ローリン家の屋敷に秘密の地下室があることが明らかになり、そこから数々の魔道書が発見された。もちろんモードレッドの蔵書だが、中には『無名祭祀書』や『ネクロノミコン』も含まれている。ラヴクラフトの小説に書いてあることは真実だったのだとフランクに告げたのは友人の弁護士ジョージ=スペンサーだった。「本物の『ネクロノミコン』が出てくるとは由々しき事態だ。コリン=ウィルソンとS.T.ヨシに相談しなければ」とスペンサーはいう。この辺は多分に楽屋落ち気味だ。
 飢餓感にさいなまれているミルダスをなだめるため、モードレッドは隣人のミニター夫人を彼女の餌食にしようとする。パトリックに呼び出されたミニター夫人は娘のエイミーを連れてローリン邸を訪問した。パトリックはモードレッドの憑依に抵抗しようとするが、その結果パトリックの肉体の中で二人の精神が融合してしまう。父親を認識できなくなったミルダスは「おまえはお父様ではないわね……」というなりパトリックに襲いかかった。
 スペンサー弁護士が駆けつけてきたとき、すべては終わっていた。かつてミルダスだったものは、いずこへともなく立ち去っていた。おそらく地中に身を隠したのだろう。ミニター夫人とフランクは彼女に喰われてしまい、発狂したローズとエイミーが後に取り残されていた。どさくさに紛れて『ネクロノミコン』を手に入れたスペンサーは貪るように読みふけるのだった。Gemini Risingが「ダニッチの怪」の本歌取りだとすれば、Downward to Darknessは「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」を彷彿とさせる。
 なお、マクノートンクトゥルー神話の新しい設定として「ハスターの連祷」(Litany of Hastur)を導入している。全部で十の語句から構成されている呪文だ。最初の一語を唱えるだけで敵を昏倒させることができるが、その語句は後のほうになるほど威力が上がっていくらしい。リン=カーターの「炎の侍祭」にもハスターの連祷は出てくるが、こちらではバイアクヘーを招喚するのに使われている。作品が発表された時期からするとマクノートンが先行しているはずだが、カーターが彼の作品を参考にしたのかは定かでない。そもそもカーターは"Litany to Hastur"なる詩*1を1971年に発表しており、その前置詞を取り替えただけということも考えられるからだ。
Worse Things Waiting (English Edition)

Worse Things Waiting (English Edition)

 続編となるのがSatan's Seductressで、改作はWorse Things Waitingという題名だ。薄手のペーパーバックが14ドル95セントというのは少し割高に感じられるとAmazonのレビューにあり、これは正直なところ私も同感だ。ただし今ならKindle版が300円で買えるので、ご興味のある方は手を出してみるのもいいだろう。
 前作は大半の登場人物が食い殺されてしまい、かろうじて生き残ったローズとエイミーも発狂するという凄惨な結末だった。ローズは精神病院から出ることなく一生を終えたが、エイミーは回復して大学に進む。彼女が4年ぶりに故郷へ戻ってきたところから物語は始まる。
 魔術師モードレッドは前作の最後で滅んだが、彼の娘ミルダスは生き延びていた。彼女の精神は完全に復活しているが、現世で活動するには人間の肉体が必要だ。そこでミルダスが眼をつけたのがエイミーだった。
 前作で起きた惨劇のことを取材しようと現れたのが、マーティン=ペイジという売れない作家だ。彼はエイミーに一目惚れするものの、ポルノ小説を書いて糊口をしのいでいることを正直に打ち明けてドン引きされる始末。個人的には感情移入しやすいキャラだった。
 調査を進めるうちにペイジが知ったのは、前作で棚ぼた式に『ネクロノミコン』を手に入れたスペンサー弁護士のことだった。もう彼はこの世の人ではなくなっているが、一時的に復活してペイジにミルダスの企てを告げる。
 ミルダスが仕えているもののことをスペンサーはズルバーンと呼んでいるが、これは本来ゾロアスター教の一派が崇拝していた時間神のことだ。マクノートンの小説においてはヨグ=ソトースに類する存在か、あるいはヨグ=ソトースそのものの別名であるように思われる。
 スペンサーによると、ミルダスが実現しようとしているのは「宇宙のあらゆる差異を消失させ、矛盾を解消すること。善と悪、生と死、光と闇の区別が存在しない完全に均一な新世界を創ること」だった。えらく壮大な話だが、とりあえずエイミーの身に危機が迫っている。ミルダスへの対抗手段としてペイジはスペンサーからハスターの連祷を教わるが、所詮は付け焼き刃で効果を発揮せず、ミルダスがまんまとエイミーの肉体を乗っ取ったところで物語は終わる。結構ひどい結末だが、この辺はGemini Risingと共通している。
 前作では父親に使役されていたミルダスが実はラスボスで、まさしく「もっと悪いもの」が待っていたわけだ。昨日からマクノートンの長編を3冊ばかり紹介してきたが、彼は別名義でも神話作品を書いている。『All Over クトゥルー』によると『謎に包まれた孤島の愛』なるロマンス小説があり、その作者であるシーナ=クレイトンはマクノートンの筆名だそうだ。

*1:十四行詩集"Dreams from R'lyeh"からハスター関連の4編を抜き出したもの。