新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

マングース

 エリザベス=ベアとセーラ=モネットが"Mongoose"というクトゥルー神話短編を2009年に発表している。ベアは、ヒューゴー賞受賞作の「ショゴス開花」がSFマガジンの2010年5月号に掲載されたことが記憶に新しい。モネットのほうはまだ邦訳がなく、私も初めて読んだのだが、ベアと何度か合作しているようだ。
 時は未来、物語の舞台となるのは「カダス」という宇宙ステーションである。主人公のイズラエル=イリザリーはカダスの長官リーに雇われ、異次元からステーション内に侵入してくる生物を駆除する仕事をしている。最初にやってくるのはトーヴと呼ばれる生物で、こいつらは不快な存在ではあるものの実害はさほど大きくない。しかしトーヴを捕食するラースは人間を襲うこともあるので危険だ。そしてラースを餌として狙うバンダースナッチが現れようものなら、宇宙ステーションが壊滅してしまう。トーヴ・ラース・バンダースナッチという名前はいずれもルイス=キャロルの「ジャバウォック物語」に由来するが、バンダースナッチの正体はティンダロスの猟犬ということになっている。
 イリザリーにはマングースという名の相棒がいるが、本物のマングースではなく、チェシャ猫と呼ばれる生命体だ。もっとも猫にはあまり似ていないようで、むしろ描写からはタコを連想させる。今日もマングースと一緒にトーヴ退治に励むイリザリー。しかし様子がおかしい。ラースが侵入してきているらしいとマングースから教えられたイリザリーはリー長官に報告し、ただちにカダスを隔離すべきだと進言するが、自分の政治的失点になることを恐れた長官は揉み消しをはかる。報酬を倍にしてやるといわれたイリザリーが仕方なく独りで仕事場に向かうと、軍服を着た女性がいた。宇宙ステーションの行政を監視するのが任務の政治将校だ。
「イリザリー君か? 私はサディ=サンダーソン大佐だ。質問したいことがある」
「あいにく取りこみ中でしてね、大佐殿」
「この区画はトーヴだらけだな。してみると、トーヴの他にも来ていそうだ」
 ただの政治将校かと思いきや、イリザリーの仕事のことをよく知っているサンダーソン大佐。実は、かつてバンダースナッチに滅ぼされた宇宙ステーションにいたことがあった。ティンダロスの猟犬に蹂躙されるステーションから彼女が脱出するための時間を我が身と引き替えに稼いでくれたのは、デーモンという名のチェシャ猫だった。
 ラースの巣を突き止めたイリザリーとマングース。すでに繁殖が始まっており、これを放置しておけばバンダースナッチの出現は必至だ。マングースは果敢にも攻撃を開始した。ラースの成体は堅牢な装甲を備えており、体を丸めて防御の態勢をとれば、戦術核でも使わない限り殺せない。唯一の弱点は腹部だが、気取られないように接近するのは容易ではない。イリザリーは援護射撃をすることにした。銃ではラースは殺せないが、マングースから注意をそらすことはできる。ただし宇宙ステーションでは銃器の所持が厳しく制限されており、イリザリー自身は銃を持っていない。
「拳銃を貸していただければ、大佐殿がここにいる必要はありませんよ」とイリザリーはいった。ラースとの戦いに大佐を巻きこむまいというプロの態度だ。
「どこを撃てばいいのか教えてくれ」というのが大佐の返事だった。イリザリーたちと一緒に戦うつもりなのだ。
「脚です」
 サンダーソン大佐の射撃は正確無比で、一発も狙いを外さない。敏感な脚を何度も撃たれて苛立ったラースはイリザリーと大佐に襲いかかろうとするが、それよりもマングースが飛びかかるほうが先だった。産道の中に潜り込んで胎内から食い破るという結構えげつない殺し方でマングースはラースを仕留める。
 カダスは隔離されることになり、バンダースナッチ出現の危機は回避された。報酬を倍増しするというリー長官の約束は反故になったが、イリザリーは気にしていない。新しい職場へ出発しようとする彼をサンダーソン大佐が呼び止めた。
「一杯おごらせてくれないか?」
 バーで酒を酌み交わしながら、大佐はイリザリーにチェシャ猫のことを話す。チェシャ猫と呼ばれているものは、実は幼形成熟したティンダロスの猟犬らしいというのだ。二人の会話をかたわらで聞いていたマングースがイリザリーの手をつかんで「違うよ」といった。
マングースはあなたに同意していませんよ」とイリザリーは大佐に伝える。
「では、自分が何者だとマングースは考えているのかな?」
マングースマングースです」といって、イリザリーはカクテルをあおった。「大体どうやったらバンダースナッチを手なずけられるというんですか?」
「私にはわからんよ。でも君にそれができたのは」といって、大佐は微笑んだ。「きっと君たちが友達だからなんだろうな」
 というわけで、心温まる結末だ。人間がティンダロスの猟犬を使役できるという設定はフランク=ベルナップ=ロング自身が後付けで作っているが、友情をはぐくむこともできるというのはさらに先を行っている。それにしてもサンダーソン大佐のかっこよさが印象的だった。

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