世界への扉
"The Door to the World"というクトゥルー神話小説がある。ロバート=E=ハワードの遺した断章をジョゼフ=S=パルヴァーが補って完成させたもので、狂詩人ジャスティン=ジョフリの作品からの引用が冒頭に掲げてある。その部分を訳出してみよう。
奇妙な眼をした「生命」は仮面をつけ、杖を携えて闊歩する。アルカディアの丘に立つ像のごとく己の芸術を空に刻みつけ、仮面を外した「生命」の素顔を人が見るのは夢の中のみ。
これだけでは意味不明だが、そのことはさておき物語の主人公はジョン=オデアという壮年の作家である。彼がジョフリの本を読んでいる最中に、誰かが窓から飛び込んでくるところから話は始まる。闖入したのはチュニックを着た金髪の少女――と思いきや少年だった。ハワードの作品に男の娘が登場するとは実に珍しい。
少年はザサと名乗り、オデアがつけている指輪を見ると、それは自分のものだと言い出した。1カ月前、顎に傷がある黒髪の男に奪われたのだそうだ。ザサから指輪を奪っていったという男の身体的特徴は、オデアの先祖であるドナル=オデア卿のものによく一致していた。彼は1600年の夏至の日に妖精の環の中で胸を刺されて死んでいるのを発見されたのだが、そのとき手に指輪を握りしめていた。指輪は子孫が相続し、ジョン=オデアに至った。黒髪の盗人を刺したのはザガという男だとザサはいった。
ザザはベゴグから逃れてきたのだそうだ。庭にいたとき、巨大な蝙蝠のような姿をしたベゴグが空から地に降り立つのを見て恐怖に駆られ、塀をよじ登って逃げようとしたのだと少年は語った。彼は塀から落ち、気がつくと異世界にいたのだった。
そこまで語ったところでザサは悲鳴を上げ、窓を指さした。彼が元々いた世界からベゴグが追いかけてきたのだ。「世界の扉! 扉が開く――」とザサは叫び、不気味な緑色の光がオデアの部屋を満たした。オデアは闇に包まれ、見たこともない場所に一瞬で運ばれたが、ここでハワードは筆を擱いている。冒頭に掲げられたジョフリの言葉にどんな意味があるのかは謎のままになってしまった。
パルヴァーの書いた続きは割合オーソドックスな異世界ファンタジーだ。ズラクスドータスという都市を訪れたオデアはエレティアという女性と恋仲になり、ベゴグから都を守る封印の強化を手伝う。ハワードの断章ではおびえていたザサも打って変わって勇敢になり、オデアと一緒に戦う。彼らの活躍によってズラクスドータスは救われたかに見えたが、いったんは退いたベゴグが再び現れてエレティアに重傷を負わせる。オデアはザサとともにベゴグに立ち向かおうとしたが、崖から転落して自分の世界に戻ってしまった。何とかズラクスドータスへ再び行こうと、オデアが中華街に高名な霊能力者を訪ねるところで話は終わっている。
Nameless Cults: The Complete Cthulhu Mythos Tales Of Robert E. Howard (Call of Cthulhu Fiction)
- 作者: Robert E. Howard
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