新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

若舞梨花、如飄瑞雪

 三国志演義の英訳版を無償公開しているサイトがある。
TK
 1925年に翻訳されたものなので、テキストは公有に帰しているはずだ。訳者のブレウィット=テイラーについては、略歴をブリストル大学のサイトで読むことができる。
Bristol University - History - Chinese Maritime Customs Project: CMCS Careers A-H
 清末民初の中国で何十年も教育や税関の仕事をし、清朝からは双龍宝星勲章を、中華民国政府からは嘉禾勲章を贈られたそうだ。だが、彼の名をもっとも高からしめたのは三国志演義を英訳したことであるという。偉大な文学作品を翻訳することは叙勲や褒章の対象にはならなくとも、世紀を超えて語り継がれる功績なのだろう。
 ところで第71回、敵に包囲されて窮地に陥った黄忠趙雲が救出しに行く場面で、彼の槍さばきが次のように描写されている。

The mighty spear laid low his opponents like the whirlwind scatters the petals of the wild pear tree till they lie on the bosom of the earth like snowflakes.

 原文や日本語訳ではどうなっているだろうか。

那鎗渾身上下,若舞梨花;遍體紛紛,如飄瑞雪(原文)
上下におどる槍は、さながら梨の花の宙に舞うがごとく、きらきらと左右に輝いて、白雪の風にひるがえるかと見えた(立間祥介訳)
その槍が全身をめぐって上下するさまは、梨の花が舞うようであり、体のまわりにヒラヒラと雪がひるがえるようであった(井波律子訳)

 風に花が舞い、雪が飜る――戦う姿がここまで美しく描写されているのは趙雲くらいだろうと思っていたのだが、ブレウィット=テイラーによる英訳では「旋風が梨の花を散らすように剛槍が敵兵をなぎ払い、彼らは雪片のごとく地べたに倒れ伏した」となる。梨花や瑞雪になぞらえられているのは趙雲本人ではなく敵兵の方なのであって、まさに落花狼藉である。私としては立間・井波両先生の解釈に与したいところだ。

三国志演義〈1〉 (徳間文庫)

三国志演義〈1〉 (徳間文庫)