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主にクトゥルー神話のことなど。

クトゥルー2000

 売れ行きも好調のようでなにより。
 品切れになる前に購入することをおすすめしますぞ。

【TRPG】 「クトゥルフ2010」好評発売中です: ひきだしの中身blog

 『クトゥルフ2010』の売れ行きが好調とは喜ばしい限りだが、この題名を聞いたときは「『クトゥルー2000』の向こうを張るとは野心的だな」と思ったものだ。
 Cthulhu 2000 というのは、1995年にアーカムハウスから刊行されたクトゥルー神話アンソロジーである。編者はジェイムズ=ターナーであり、後にデルレイからペーパーバック版として再版された。ただし『クトゥルフ2010』が本当にこれを意識しているのかどうかは知らない。

Cthulhu 2000: Stories

Cthulhu 2000: Stories

 ボブ=エグルトンの手になる表紙絵が格好いい。収録されている作品のほとんどはすでに邦訳があり、『ラヴクラフトの遺産』や『インスマス年代記』や『真ク・リトル・リトル神話大系』で読むことができる。したがって、今更Cthulhu 2000 を訳す意義があるかといえば実は微妙なところなのだが、優れたアンソロジーであることは確かだ。
 なおCthulhu 2000 が刊行された翌年にターナーアーカムハウスを去り、その3年後の1999年に他界した。このアンソロジーはいわばターナーの置土産である。
ラヴクラフトの遺産 (創元推理文庫)

ラヴクラフトの遺産 (創元推理文庫)

インスマス年代記〈上〉 (学研M文庫)

インスマス年代記〈上〉 (学研M文庫)

新編 真ク・リトル・リトル神話大系〈7〉

新編 真ク・リトル・リトル神話大系〈7〉

ファットフェイス

 Cthulhu 2000 に収録されている作品のうち、未訳のままになっているもののひとつがマイクル=シェイの"Fat Face"だ。そして、この短編でシェイが新たに創造した怪物がショゴスロードである。優れた知能と高度な変身能力を備え、人間に化けて社会に紛れこむこともできるショゴスの上位種だ。
 物語の舞台になっているのは現代のロサンゼルス、主人公はパティという若い娼婦である。ファットフェイスというのは、パティのアパートの真向かいに住んでいる男の愛称である。水治療室を経営する傍ら、野良犬や野良猫のための保護施設をボランティアで営んでいるという人物で、たいして親しくないにもかかわらずパティは彼に好意を抱いていた。だがファットフェイスの正体はショゴスロードであり、施設に犬や猫を集めているのも実はショゴスの餌にするためだったのである。
 パティがファットフェイスの餌食になるまでの顛末をシェイは綴っている。まずパティの仕事仲間のシェリーが犠牲になり、ニューススタンドで売り子をしているアーノルドがパティに「狂気の山脈にて」を読ませてショゴスのことを警告しようとするが、うまく行かない。そして物語は無惨な結末を迎える。何の救いもない話だが、自分の周りから人がどんどん消えていって都市が空っぽになるという幻想にパティが囚われる一瞬の描写がいい。
 "Fat Face"はわずか500部の小冊子として1987年に発表された。作品の冒頭にも「狂気の山脈にて」からの引用が掲げてあり、ラヴクラフトへのオマージュであることが明瞭になっている。