新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

神々の血

 トップノッチ誌の1935年6月号にロバート=E=ハワードの"Hawk of the Hills"が掲載されたと昨日の記事で申し上げたが、その翌月には同じシリーズの"Blood of The Gods"が載り、2号連続で同誌の表紙を飾ることになった。この作品も現在はウィキソースで公開されている。
en.wikisource.org
 エル=ボラクことフランシス=ゼイヴィア=ゴードンにはアル=ワジルという親友がいた。元々はロシアの貴族だったのだが、オマーンで巨万の富を築いて国王から知事に任命されたという人物だ。しかし1年前、唐突に官職を辞した彼は神秘学を究めるべく砂漠に隠遁してしまった。
 アル=ワジルはほとんどの財産を貧民に分け与え、自分の手許に残したのは「神々の血」と呼ばれる大粒のルビーだけだった。英国人のホークストンは「神々の血」を奪おうと企て、アル=ワジルの従者だったディルダールを買収して居場所を聞き出そうとする。サリムという別の従僕がディルダールの口を塞ぐために狙撃したが、わずかに間に合わなかった。
 アル=ワジルはエル=クールの洞窟にいるとディルダールは死に際に言い残し、ホークストンはさっそく仲間たちと一緒に出発した。ホークストンの反撃で重傷を負ったサリムは1マイル以上もの距離を這ってゴードンのもとに辿りつき、アル=ワジルの身に危機が迫っていることを告げて息絶えた。ゴードンは単身エル=クールに向かう。
 ゴードンが砂漠を通り抜ける途中でルウェイラ族が襲撃してきた。どうにか敵を全滅させたものの、乗っていた駱駝を撃たれて失ったゴードンは残りの道のりを徒歩で踏破しなければならなかったが、大幅に遅れを来したにもかかわらず洞窟に着いたのはホークストンより先だった。
 洞窟にはホークストンばかりかアル=ワジルの姿も見当たらず、ゴードンが訝しく思いつつ捜し回っても成果はなかった。その晩、休息していたゴードンは何者かに襲われる。曲者を退けた彼が翌朝その正体を突き止めると、そこにあったのは変わり果てたアル=ワジルの姿だった。洞窟での孤独な暮らしに耐えかねたのか、アル=ワジルは発狂していたのだ。やむなくゴードンは彼を縛り上げた。
 その時ホークストンが到着する。彼も途中でルウェイラ族の襲撃を受け、仲間をことごとく失っていた。シャラン=イブン=マンスールに率いられたルウェイラ族が間もなく追いついてくるとホークストンはゴードンに知らせ、彼らは一時的に手を組むことになった。
 ルウェイラ族が洞窟を包囲し、ゴードンとホークストンは二人きりで迎え撃つ。ホークストンも卓越した射撃手だったが、弾薬は今にも底をつきそうだった。「頭目のシャランさえ死ねば、他の連中は引き揚げるだろうが……」とゴードンは独りごちる。
 いつの間にかアル=ワジルは縄を断ち切り、姿をくらましていた。ゴードンがルウェイラ族と戦いながらアル=ワジルを捜し回っていると、絶叫が聞こえてきた。駆けつけたゴードンが見たものは、哄笑するアル=ワジルの足許で骸と化したシャランの姿だった。悪魔が現れたとルウェイラ族は恐れおののき、一目散に逃げ出す。エル=クールの洞窟にはゴードンとホークストンとアル=ワジルの3人だけが取り残された。
 一時の共闘は終わり、ホークストンはアル=ワジルを連れ去ろうとした。精神科医に診せて正気に戻してから、ゆっくりルビーの在処を吐かせる気なのだ。ゴードンは友を守るために戦うが、ホークストンが発砲するとアル=ワジルは頭から血を流して倒れた。ゴードンは剣を振るい、ホークストンは頭を顎まで切り裂かれて絶命した。
「イワン!」ゴードンはアル=ワジルの本名を呼んだ。「大丈夫か!」
 幸いなことに銃弾は頭をかすめただけで、その衝撃でアル=ワジルは正気に戻っていた。ゴードンは傷の手当てをしてやり、アル=ワジルは事の次第を語る。彼が発狂したのは孤独のせいではなく、落石が頭に当たったからだった。錯乱している間のことをアル=ワジルは断片的にしか思い出せなかったが、最後の出来事だけは朧気ながら覚えていた。
「ひどく騒々しくなったので、私は怖かった。そっとしておいてほしかった」とアル=ワジルはいった。「それから人間の名前が聞こえ、そいつさえいなくなれば静かになると教えられたような気がした。後のことはよくわからない」
 シャランさえ死ねばルウェイラ族は引き揚げるとゴードンが何気なく漏らしたのをアル=ワジルは聞いており、その言葉の通りに行動したのだ。アル=ワジルがシャランを殺したのは偶然ではなく、ゴードンの意図せぬ暗示の結果だった。
 こうしてゴードンは朋友を守り抜いた。アル=ワジルは洞窟を出て文明社会に戻り、人々のために働くことにする。瞑想にばかり耽っていたのでは人類を救えないという結論に達したからだ。
「彼のお墓を作ってやろう」ホークストンの亡骸を見て、アル=ワジルはいった。「かわいそうに『神々の血』の最後の生贄になるのが彼の運命だったのだね」
「どういうことだ?」とゴードンは訊ねた。
「世の中に現れてからというもの、あの宝石は災いばかりもたらしてきた。だから、ここに来る前に私が海に棄ててやったんだよ」
 ホークストンが血眼になって追い求めた「神々の血」は実はとっくに失われていたのだというオチ。なおハワードの作品がトップノッチに掲載されるのは、これが最後となった。