新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ウィア荘の夢

 リン=カーターに"Dreams in the House of Weir"というクトゥルー神話短編がある。1931年の英国が舞台で、自殺した主人公が遺した日記からの抜粋という体裁の作品だ。
 主人公のヘアトン=ペインはサンスクリット語の専門家で、11世紀インドの詩人ビルハナが著した『チャウラパンチャーシカー』の英訳に取り組んでいた。仕事に適した閑静な環境を欲したヘアトンは奥さんのエレインと一緒に田舎の別荘に移り住む。その別荘は13世紀にノルマン人の准男爵ラナルフ=デ=ラ=ウィアが建てた館で、彼の名にちなんでデラウェア荘と呼ばれていた。「壁の中の鼠」を思い起こさせる設定だが、この話で扱われているのはヤディス星人とドールだ。
 カーターの作品ではヤディス星人はナグ=ソスと呼ばれている。この名前は「超時間の影」からの借用なのだろうが、西暦1万6000年の魔術師とヤディス星の住民が同名である理由は不明だ。シュブ=ニグラスは旧神によってヤディスの地下に封印されたという説をカーターは唱えており、ナグ=ソスもシュブ=ニグラスを崇拝していることになっている。彼らの大敵であるドールもシュブ=ニグラスの眷属なのだが、ナグ=ソスとドールの争いを女神は気にかけていないそうだ。
 デラウェア荘もしくはウィア荘に引っ越したヘアトンは奇怪な夢に悩まされるようになる。彼が書斎で見つけたのはVisions from Yaddithという詩集だった。作者のアリエル=プレスコットは頽廃的な作風で知られた詩人で、1927年に『ヤディスからの幻視』を発表してから間もなく精神病院に収容されて狂死した。要するにジャスティン=ジョフリのカーター版だが、かつてプレスコットがウィア別荘に住んでいたことをヘアトンは地元の牧師から聞き出した。
 夢の中でヘアトンはナグ=ソスの魔道士クズーラになっていた。ドールとの戦いは続いていたが、大魔道士ズカウバの失踪後ナグ=ソスは著しく劣勢に追いこまれていた。都市の基底部を蚕食されるのを食い止めようとクズーラは懸命な努力を続けており、宇宙の彼方まで思念を投影しては強力な呪法を探し求めていた。
 遙か昔、何らかの理由によってウィア荘とヤディスに接点が生じ、ウィア荘に住むものは夢の中でヤディスを訪れるようになっていた。ナグ=ソスは人類に対して無害だったが、夢を媒体として時空を移動するドールがウィア荘の周辺に姿を見せるようになった。ドールに館を取り囲まれたヘアトンはエレインを殺して自らも命を絶つ。
 "Dreams in the House of Weir"の初出は1980年に刊行されたWeird Tales*1の第1巻。その後ケイオシアムのThe Shub-Niggurath Cycleに再録され、そのときは"Visions from Yaddith"も一緒に収録された。これはカーターがプレスコットに仮託して書いたもので、11編の十四行詩から構成されている。なおプレスコットはオークディーン療養所で死んだことになっている。ブライアン=ラムレイの"The Horror at Oakdeene"*2Beneath the Moors*3でお馴染みの精神病院だが、カーターの作品ではOakdeaneと綴られている。この違いが意図的なものだったのかは定かでないが、あるいは別の施設なのかもしれない。
 ナグ=ソスはドールに敗北したものの、ヤディスからの脱出には成功したということになっている。地球における彼らの活動はロバート=プライスの"Saucers From Yaddith"*4で語られているのだが、ラヴクラフトやカーターの小説を読んで湧いた同情が吹っ飛びかねない凶悪さだった。

Shub Niggurath Cycle (Call of Cthulhu Fiction)

Shub Niggurath Cycle (Call of Cthulhu Fiction)

*1:ゼブラブックスから刊行された全4巻の怪奇アンソロジー。編者はカーター自身。

*2:オークディーンの恐怖 - 新・凡々ブログ

*3:荒野の下に - 新・凡々ブログ

*4:ヤディスの円盤 - 新・凡々ブログ