新・凡々ブログ

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自転車に乗ったラヴクラフト

 ラヴクラフトは1934年8月の下旬に初めてナンタケット島を訪れたと『H・P・ラヴクラフト大事典』にある。この年のラヴクラフトはロバート=バーロウに招待されて5月から6月までフロリダに滞在し、その後ニューヨークに行ってロング一家と一緒にニュージャージーを観光、さらにジェイムズ=F=モートンと連れ立ってニューポートへ――と活発に旅行している。1934年は「ラヴクラフト・サークル」の全盛期といった趣があるが、ラヴクラフト自身もなかなか充実した日々を送っていたようだ。
 ラヴクラフトはナンタケット島がだいぶ気に入ったらしく、いろいろな友達に宛てた手紙でその話をしているのだが、1934年9月8日付のクラーク=アシュトン=スミス宛書簡から少し訳出してみよう。ちなみにナンタケット島はラヴクラフトの家から90マイル(144キロメートル)離れており、バスと船を乗り継いで6時間の旅だったそうだ。

お送りしたパンフレットでナンタケット島の雰囲気を感じ取っていただけるでしょう。何という土地! あそこまで完璧に史跡が保存されているところは他にありません――チャールストンケベック・セイレム・ニューポート――どこもナンタケット島にはかないません。古い街並みは1世紀前からまったく変わっていないのです――植民地時代の家が建ち並ぶ丸石の舗道、馬をつないでおく柱と乗馬用の踏み台、風車に銀の表札、そして絵のような小道と波止場――何もかも島が捕鯨で栄えていた昔日のままです。ナンタケット島への入植は1660年、1692年まではニューヨークの一部でしたが、それ以来ずっとマサチューセッツ州に属しています。クジラのおかげで島は繁栄し、捕鯨産業が衰退すると島も寂れていきました。夏の行楽客が来るようになったので史跡が保存され、復元されたのです。私は古い通りや博物館や風車などを全部つぶさに見て回り、マリア=ミッチェル天文台の望遠鏡*1土星の輪を観測しました。島をぐるりと回るバスに乗って、かつて漁村だった風雅なシアスコンセットに行くことができました。郊外の探索には借りた自転車を使いました――自転車など乗るのは20年ぶりでしたよ。まことに若返った気分でしたね! 1週間の滞在中は3階の部屋に寝泊まりしていました――街や港や海がよく見えて絶景でした。

 楽しそうだ。スミス宛の書簡はプロヴィデンスに帰ってから書いたものだが、ダーレスには9月1日に現地から手紙を出している。そちらの手紙でもナンタケット島は絶賛されているが、寒いのが欠点だと述べているのがラヴクラフトらしい。また、わずかながら人工的で自意識過剰な印象を史跡から受けたとも述べているが、理想的すぎる島の風景に観光客向けの演出を感じ取っていたのだろう。
www.mariamitchell.org
 ラヴクラフト土星を観察したというマリア=ミッチェル天文台は、1908年に創立されたナンタケット島の天文台。名前は同島出身で米国初の女性の天文学者とされるマリア=ミッチェルに因んでいる。

H・P・ラヴクラフト大事典

H・P・ラヴクラフト大事典

*1:ダーレス宛の手紙によると5インチの屈折望遠鏡