新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ロナルド=ウィームズの奇跡

 昨日の記事で紹介した"Chameleon Man"と似たような話――冴えない男が超能力に目覚めるギャグ小説はロバート=ブロックも書いている。題名を"The Miracle of Ronald Weems"といって、初出はImaginative Talesの第5号(1955年5月号)だ。
adventuresfantastic.com
 とりあえずリンク先で初出誌の表紙をごらんいただきたい。どんなにバカバカしい話なのかが大体おわかりいただけるのではないかと思う。
 主人公のロナルド=ウィームズは百貨店の婦人用下着売場で購買の仕事をしている男。保守的なおばたちに育てられたせいで、女性とはとんと縁がない。そんな彼も恋らしきものをしたが、思いを寄せた娘は百貨店のオーナーの甥とすでにできており、哀れロナルドは袖にされてしまう。しかも営業中の不始末が彼の責任ということになり、解雇されてしまった。
 人生に絶望したロナルドは子供用の理科実験セットの液体を適当に混ぜ合わせて呷り、自殺しようとする。しかし彼は死なず、空を飛んだり念力を使ったりできるようになった。超能力者になったロナルドは行く先々でドタバタ劇を繰り広げ、しまいには悪者から美人女優を救い出して彼女と結婚する。1年後、二人の間には空飛ぶ赤ちゃんが生まれるのだった。
 私がこの作品を読んだのは10年近く前なのだが、その日が日曜日だったことだけは覚えている。暇な日曜の朝に読むのに打ってつけの話だという感想を抱いたからだ。

 ところでダーレスにとってはブロックが弟分、ラムジー=キャンベルが子分なので、キャンベルから見ればブロックは叔父貴に当たるのではないかなどと考えたことがある。ブロックはキャンベルのために「あなたが目覚めているうちから悪夢を見させる術をキャンベルは心得ている」*1と推薦文を書き、キャンベルも基本的にはブロックのことを尊敬しているのだが、1964年11月4日付のダーレス宛書簡では次のように述べている。

そういえばロバート=ブロックの「血だらけの惨劇」を観ました。あからさまに駄作で、監督と脚本が最下位争いをしています。「いつでも明白なものが好きだ」と最近ブロックは僕にいったのですが、このせいで彼の作品は鬼面人を驚かす安物の領域に流れていってしまったのではないかと心配です……。

 ブロックの仕事といっても小説ではなく映画の脚本だが、ずいぶんと手厳しい。ダーレスは1964年11月7日付で返事を書いた。

そうですね、ブロックはけばけばしいだけの話に流れているところが結構ありますが、変に取り繕ったりしないのは立派でしょう。お金のためにしていることなのです。残念ながら、お金儲けのために審美眼だけでなく誠実さまで切り売りしてしまうことも時にはあるようですが――ありがたいことに、そう頻繁ではありませんよ。

 駄作であること自体は否定してやらないのかよと突っこみたくなるが、嘘はつけなかったのだろう。クトゥルー神話ファンの間では有名な『アーカム計画』ですら原書は1979年にペーパーバックが出たきり一度も復刊されておらず、ブロックといえども書きたいものだけ書いて生きるというわけにはいかなかったのだ。
 ダーレスは浮世の厳しさをよく知っているからブロックの渡世を無下に否定しなかったのだろうが、ダーレス・キャンベル往復書簡集は文士稼業の生々しい現実がちょくちょく顔を覗かせるので、読むのに気力が要る。しかもダーレスは相手の年齢を考慮しながら手紙を書いており、少年だったキャンベルが成長していくにつれて話題がえげつなくなっていくのだ。