新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

木彫りの女神

 ウィアードテイルズの1933年5月号に掲載された作品ではスミスの「アヴェロワーニュの獣」が最高、ワンドレイの「現れた触手」がそれに次ぎ、自分とスコラーが合作した"The Carven Image"はもっとも劣っているとダーレスは1933年5月3日付のラヴクラフト宛書簡で述べている。ここで言及されている三作品のうちダーレスのだけ邦訳がないが、どんな話なのか紹介させていただく。
 主人公はエマニュエル=スピアーズという青年。近所の玄関先に置いてある木彫りの女人像が子供の頃は怖くてならなかったものだ――と彼が回想するところから物語は始まる。その女人像にはヘルサという名前がついていた。船乗りたちが崇めていた女神をかたどったものだそうだ。
 年月が経ち、ウィスコンシン大学の哲学科を卒業したエマニュエルは母校の講師になった。彼はエリッサ=ハーディーという女性と知り合い、婚約する。ある日の晩、自宅の庭先に何者かが立っているのをエマニュエルは目撃した。そして、エリッサと結婚してはならないと警告する声を夢うつつに聞いたような気がした。
 土踏まずのない足跡が庭に残っていた。ヘルサの木像は相変わらず近所にあるが、エマニュエルが見ると足に泥がついている。エマニュエルはエリッサと一緒に湖へ遊びに行ったが、突風が吹いてボートが転覆した。エマニュエルは必死になってエリッサを助けようとしたが、彼の見ている前でエリッサは水中に沈み、彼自身も意識を失ってしまう。気がつくとエマニュエルは岸辺に打ち上げられており、エリッサは溺死体となって湖から引き上げられた。
 エリッサを殺したのはヘルサだ。かつて自分がヘルサに対して抱いた恐怖心が木像に力を与えたのだ――そう考えたエマニュエルは恩師のシュテングラー博士に相談しに行った。像はすぐに焼き捨てるべきであり、まずは持ち主から買い取るのがいいだろうと博士は助言してくれる。エマニュエルは像の持ち主と交渉してみるが、断られてしまった。そして次の日、シュテングラー博士は他殺死体となって発見された。木製の鈍器で撲殺されたのだろうということだった。
 自分のせいでエリッサばかりか先生まで犠牲になってしまったと思ったエマニュエルは、木像との因縁にけりをつけることにする。しかし、そこで彼の手記は途切れていた。エマニュエルはヘルサの傍らで死体となって見つかったのだ。倒れてきた像の下敷きになったのが原因だろうということになったが、実のところ木像は非常に軽いものだった。また、エマニュエルの喉には締められた痕が残っていた。
 エマニュエルは死ぬ前に像にガソリンをかけて焼き払い、後には木の両腕が残っただけだった。エマニュエルはエリッサの傍らに葬られたが、その2日後ヘルサの腕が彼の墓の前で発見される。片方の腕はただちに焼き捨てられたが、もう片方は墓地の管理人事務所に運びこまれた。すると事務所の窓ガラスが内側から破られ、ヘルサの腕はまたしてもエマニュエルの墓前で深々と地面に突き刺さっていたので、そちらも焼かれてしまったということだ。
 好いたのならともかく、怖がった相手に惚れられてしまうという不条理な話で、ダーレスの作品にしてはドロドロした感じがする。「アヴェロワーニュの獣」には及ぶべくもないと彼が卑下するのも理解できなくはないが、ラヴクラフトは返信で「私は君の作品が好きです。そう低く評価したものではありませんよ」と慰めた。なおラヴクラフトは同時にカール=ジャコビの吸血鬼ものを褒めているのだが、これは5月号ではなく4月号に掲載された「黒の告知」のことだろう。