新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

赤土

 The Children of Cthulhuからもう一編、マイケル=リーヴスの"Red Clay"を紹介させていただく。
 その墓は、町から遠く離れた山の中にあった。墓とはいうものの、墓石も十字架もない。長さ6フィート、幅2フィートの地面が剥き出しになっているばかりだ。悪魔と取引した男が埋葬されているのだという人もいれば、前線から逃亡しようとして射殺された兵士の墓だという噂もあったが、真相は誰も知らなかった。しかし尋常な墓でないことは一目瞭然で、その赤土の地面が草で覆われることは決してなかったのだ。かつて墓を掘り返そうとした男がたちまち雷に打たれて黒焦げになったという伝説もあり、敢えて近づこうとする者はいなかった。
 ゼブ=レイサムは二十代前半、10歳の時に母親に捨てられて以来ずっと一人きりで生きてきた。ある日、山に入った彼は蜂の巣を見つける。刺されないように蜂蜜をとるには、あらかじめ顔と手に粘土を塗りたくっておかなければならない。ゼブが粘土を探しに行くと、草むらの中に赤土の地面が露出している場所があった。それが噂の墓とは知らずにゼブは手を突っこみ、粘土をたっぷりとすくい取る。土はほどよく湿っており、その感触は快いものだった。ゼブは蜂蜜のことを忘れ、粘土を持ったまま家に帰っていった。
 翌日、ウォーカー=バーネットがゼブの家の戸を叩いた。鶏小屋の掃除をゼブに頼んだのに来ないので、様子を見に来たのだ。忘れていたとゼブは謝るが、テーブルの上にある塑像を見たウォーカーは驚いた。高さは6インチほど、枯木をかたどったものだ。ウォーカーにはいくらか教養があったので、その塑像が非常に見事なものであることがわかった。どこで見つけたのかね? と彼はゼブに訊ねた。
「俺が作った」というのがゼブの返事だった。
 ゼブの粘土細工は町中の評判になり、大勢の人が見に来た。売ったらどうかと勧める者もいたが、ゼブは相手にしようとしなかった。物見高い来客もやがて途絶え、ゼブは黙々と像を造り続けた。
 1カ月ほど経ち、ゼブのことが気になったウォーカーは再び訪れた。ゼブはげっそりと痩せ衰え、様々な動植物をかたどった像が家の中にずらりと並んでいた。いずれも傑作だが、禍々しい気配が漂っている。ウォーカーはゼブを医者のところに連れて行こうとした。
「ダメだ」生気のない声でゼブはいった。「やめられないんだ。でも、もうじき粘土がなくなる。そうしたら俺も休めるかも……」
 そしてゼブは粘土をとりに出かけていった。ウォーカーは後を追う気になれず、町に引き返した。
 ゼブが何週間も粘土をとり続けた結果、いまでは地面に大きな穴が空いている。ゼブは腹這いになって両腕をいっぱいに伸ばし、穴の底にわずかに残っている粘土をつかんだが、もう起き上がることはできなかった。彼は半ば意識を失ったまま地べたに横たわっていたが、手が勝手に動いていることに気づく。自分の人生で初めて有意義なことをした――そう思ってゼブは涙を流す。月が天頂に達し、完成した作品を照らし出した。
「きれいだ……」それがゼブの最後の言葉になった。
 翌朝、ウォーカーが3人の仲間とともにやってきてゼブの遺体を発見した。穴の底に像があることに彼らは気づいたが、それはゼブの手の中でぼろぼろと崩れてしまい、どのような像であったか明確に思い出せる者はいなかった。醜い老婆の像だったという者もいれば、美女の像だったという者もおり、およそ人間からはかけ離れた姿をしていたという者すらいたのだ。像を一番はっきりと見たのはウォーカーだったが、彼は亡くなるまで一言もそのことを喋ろうとしなかった。
 この話を読んで思い出したのはC.A.スミスのことだ。彼が彫刻を制作するようになったきっかけは、たまたま訪れた鉱山で足許の滑石を何気なく拾い上げたことだったという。もちろんスミスは自分の作品に憑かれて死んだりはしなかったが、人智を越えた領域からの働きかけにゼブは精神が耐えきれなかったのだろうか。そういう意味では"Red Clay"はラヴクラフトの「眠りの帳を越えて」の流れを汲む作品にも見える。哀しい物語ではあるのだが、ゼブが喜びと満足のうちに息を引き取ったことがせめてもの慰めだろう。