新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

森の小屋

 The Children of Cthulhuというアンソロジーがある。2002年に刊行され、編者はベンジャミン=アダムズとジョン=ペラン。私の知る限り、この本に収録されている作品で邦訳があるのはチャイナ=ミエヴィルの「細部に宿るもの」だけだが、未訳作品の中からリチャード=レイモンの"The Cabin in the Woods"を紹介させていただこう。

 語り手のデクスターはホラー作家。奥さんのエミリーとは結婚したばかりだ。エミリーに誘われたデクスターは、彼女が相続した先祖代々の地所を見に行くことにした。エミリーの兄のアーサーもついてくる。デクスターはエミリーと二人きりになりたかったのだが、何かあったときにデクスターではエミリーを守れるか心配だとアーサーはいうのだった。
 その地所があるのは鬱蒼と生い茂った森の中だった。森の直中に一軒の小屋が建っているのだが、訪れるものは久しく絶えていた。アーサーの父親が若い頃に行ってみたことがあるのだが、一晩いただけで逃げ出し、何を体験したのかは誰にも語ろうとしなかった。
 デクスターたち3人がさんざん骨を折った末に辿り着くと、小屋の中に人間の死骸があった。すでに朽ち果てており、頭部がなくなっている。アーサーは平然と死骸を片づけたが、小屋の中は臭気がひどいので3人は戸外で休むことにした。
 その晩、翼を備えた怪物が夜空から舞い降りてきてアーサーを襲う。アーサーは散弾銃で立ち向かったが、怪物は彼を連れ去ってしまった。デクスターとエミリーが森の中を探し回るとアーサーが見つかったが、彼には首がなかった。すぐに逃げようとデクスターは提案するが、エミリーの反対に遭う。
「私は残る。お兄ちゃんの仇を討つの!」
 ショックで精神が少々おかしくなっているようだが、エミリーの愛情を失いたくないデクスターは付き合うことにする。自分自身を囮にして怪物をおびき寄せることをエミリーは思いつくが、銃もナイフも通用しない相手に彼女も連れ去られてしまった。
 とうとう一人きりになったデクスターは小屋に閉じこもる。逃げ切れる望みはほとんどない。夜明けと同時に小屋を出発しても、日が暮れる前に森を出ることはできないのだ。再び現れた怪物は金属の円筒を二つ落としていった。自分の運命がどうなろうと、この円筒だけは絶対に手放すまいとデクスターは心に決める。円筒の中に入っていたのは人間の脳――きっとアーサーとエミリーの脳に違いない。そして、その脳はまだ生きているのだから……。
 というわけで、ラヴクラフトの「闇に囁くもの」を踏まえた作品だ。レイモンは『殺戮の<野獣館>』など数冊が邦訳されているので、我が国でも比較的よく名が知られているのではないかと思う。