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主にクトゥルー神話のことなど。

黄色の騒乱

『羊飼いのハイータ』に登場するハスター - クトゥルー/クトゥルフ神話作品発掘記
 作家から作家へと受け継がれていく神話の流れを「ハスター神話」は示唆しており、後世の批評家たちがそのことに気づくには何世代もかかったのだとロバート=プライスもThe Hastur Cycle の序文で述べている。

The Hastur Cycle (Call of Cthulhu Fiction)

The Hastur Cycle (Call of Cthulhu Fiction)

 ダーレスは「ハスター神話」をあっさり放棄してしまい、その後は「クトゥルー神話」を代わりに使うようになった。自分の擬似神話に対する影響としてはビアスやチェンバースよりもマッケンやダンセイニ卿のほうが大きいとラヴクラフトにいわれたからだろうが、もしかしたらラヴクラフトに先達がいること自体をダーレスは否定したかったのではないかと私は勘ぐっている。「クトゥルー神話」なる用語は「クトゥルーの呼び声」に由来するものであり、ラヴクラフトこそが始祖にして至高であるという宣言が込められているのではないか。
 しかし「ハスター神話」を見直そうという機運は近年とみに高まっているように思われる。ハスターもしくは黄衣の王をテーマとするアンソロジーが何冊も出版されているのだ。2006年にエルダーサインズ=プレスからRehearsals for Oblivion が刊行された後、A Season in CarcosaIn the Court of the Yellow King が続いた。
Rehearsals for Oblivion: Act One

Rehearsals for Oblivion: Act One

A Season in Carcosa

A Season in Carcosa

In the Court of the Yellow King

In the Court of the Yellow King

 In the Court of the Yellow King という題名はもちろん『クリムゾン・キングの宮殿』を踏まえたものだろうが、この本に収録されている作品の中からウィリアム=ミークルの"Bedlam in Yellow"を紹介させていただくことにする。
 "Bedlam in Yellow"は、ウィリアム=ホープ=ホジスンの創造した幽霊狩人カーナッキが主役のパスティーシュだ。ベスレム癲狂院の院長であるドナルドソン博士から助力を請われたカーナッキはサザークに出かけていく。ちなみにベスレム癲狂院は実在する施設で、題名にあるBedlamという単語はその通称が一般名詞に転化したものだそうだ。
 病棟の最上階で怪事が発生しており、入院している患者の容態も悪化する一方なのだとドナルドソン博士は説明する。カーナッキが現場を訪れると、拘束衣を着せられた男がいた。彼はジェフソンという名の俳優で、何事かを呟いている。

「奇異なるは黒き星々が昇る夜」
「そして奇異なる月は天空をめぐる」

 いわずと知れた戯曲『黄衣の王』からの引用だが、ロバート=W=チェンバースの作品からそのまま借用しているだけだ。公有に帰しているのだから自由に使ってかまわないのだが、いささか芸がないという印象は否めない。
 カーナッキが情報を収集するためにウェストエンドの酒場へ行くと、ジェフソンのことを知っている男が話を聞かせてくれた。とある芝居に出演することになったジェフソンは、渡された台本を読んだとたんに発狂してしまったのだという。その芝居の題名は『黄衣の王』といった。
 カーナッキはベスレム癲狂院の病室でジェフソンの様子を観察する。夏の盛りだというのに、ジェフソンが収容されている部屋だけは凍りつくような寒さで、壁に霜がつくほどだった。ジェフソンがカシルダの歌を呟き続ける中、金色に近い黄色に輝く印が中空に出現した。

「雲の波が砕ける岸沿いに」
「双子の太陽が湖に沈み」
「影が伸びるはカルコサの地」

 いつの間にか病室の壁が消え、異界の光景が見える。黒い湖の岸辺に宮殿があり、その屋上に立っているのは仮面をつけた黄衣の王だった。黄衣の王がカーナッキを見据え、さすがの彼も悲鳴を上げて逃げ出す。
 カーナッキは最新式の電池など必要なものを自宅で揃え、精神病院に引き返す。彼が電気式五芒星を病室の床に描いて準備をすると、黄衣の王が現れた。王は黄の印をカーナッキに突きつけようとするが、印は五芒星に阻まれて粉々に砕け散る。黄衣の王は消え失せ、ジェフソンが絶叫するなりベスレム癲狂院は静寂に包まれた。
 ジェフソンは絶命していた。カーナッキは床の五芒星を消して後片付けをする。最上階にいた他の患者たちはほとんどが身じろぎすらしない状態だったが、一人がカーナッキに眼を留めた。彼の語る言葉を聞いて、カーナッキはまたしても寒気を覚える。その言葉は――

「影が伸びるはカルコサの地」

 電気式五芒星が黄衣の王にも通用するというのは初耳だったが、結局ジェフソンを死なせてしまうことでしか事件は解決しなかった。そもそも本当に解決したのか、汚染が広がっただけではないのかという懸念もあり、割と後味の悪い話だ。