新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

アーカムへの手紙

 世界一のラヴクラフト研究家として高名なS.T.ヨシはダーレス批判の急先鋒だが、同時にラムジー=キャンベルの大ファンでもある。どれほどのファンかというと、たとえば次のように述べているのだ。

キャンベルたんはマッケンやブラックウッドやラヴクラフトに、それどころか始祖ポオに匹敵する存在というべきだね。
アルジャーノン=ブラックウッドなら唯一キャンベルたんのライバルになれるかもしれないと思うんだけど、やっぱり彼は作品の質でも量でもキャンベルたんに負けてるよね。
Ramsey Campbell and Modern Horror Fiction

 キモい訳になってしまったが、こう訳さずにはいられないほどヨシはキャンベルに心酔している。もっともキャンベルのことを高く評価しているのはヨシだけではなく、たとえばアラン=ムーアはキャンベルを「英国における当代最高のホラー作家」と呼んでいる。
UK genre publisher of SF, Horror & Fantasy fiction.
 そのヨシがダーレスとキャンベルの往復書簡集を編集したというので、英国の版元から取り寄せてみた。10年間にわたって二人が交わした手紙をまとめたもので、400ページを超える分厚いハードカバーだ。題名は『アーカムからの手紙』としたほうがいいのではないかと思ったのだが、あくまでも主体はキャンベルであるという編者ヨシの意思表示だろう。
 もちろん私はダーレスとキャンベルの文通に興味があったのだが、ヨシが解説で何といっているのかも気になっていた。ヨシにとって最大の攻撃目標であるダーレスと、彼が崇拝してやまないキャンベル。この二人の交流を語るとあっては、さぞかし屈折した文章が拝めるのではないかと密かに期待していたのだが、実際はキャンベルへの遠慮もあってか普段の毒舌が影を潜め、至極おとなしめだった。

20世紀後半においてラヴクラフトの至尊の座に挑戦できる唯一の作家が世に出たのも、若きキャンベルをダーレスが育ててくれたからだった。

 拍子抜けするほど普通にダーレスを称賛している。それはいいとして、トンプソン事件(参照)などにおけるダーレスの振る舞いを「総じて見れば良いこと」と評価しているのには驚かされた。ダーレスが強権的にクトゥルー神話を管理してくれたおかげで、屑のような神話作品が世の中に氾濫するのを防げたというのだ。ヨシは本来リベラルな人なのだが、こと文学に関する限りガチガチのエリート主義者になってしまうきらいがある。
 肝心の往復書簡の紹介は後日に譲るが、後書きでキャンベルはいつも通りダーレスへの感謝を表明している。とりわけ次の一文は胸が熱くなるものだった。

怪奇文学の伝統を僕に授けてくれたのはダーレスだったが、しかし彼は単なる師匠ではなかった。僕にとってダーレスはずっと巨きな存在だった。

 家庭が崩壊した状態で育ったキャンベルにとってはダーレスが一種の父親代わりだったのだろうとピーター=ルーバーは述べているが、そのことを窺わせる言葉だ。