新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ザドック=アレンの転生

 ロバート=プライスに"The Transition of Zadok Allen"という短編がある。題名からわかるようにラヴクラフトの「インスマスを覆う影」のスピンオフで、酔いどれの老人ザドック=アレンの運命が語られている。
 1930年の秋、イプスウィッチの漁師の網に金属筒がかかった。その中から出てきた羊皮紙には、ザドック=アレンの運命を物語る文章がロバート=オルムステッドの手でしたためられていた。なおオルムステッドは「インスマスを覆う影」の主人公。ただし、この名前をラヴクラフトは草稿でしか使っておらず、決定稿では彼を氏名不詳としている。
 「インスマスを覆う影」に登場したザドック爺さんはオルムステッドに町の来歴を語って聞かせた直後に失踪してしまったが、実はショゴスによって海底都市イハ=ントレイへと連れ去られていた。そこで旧友のハイラム=ギルマンと再会したザドックは、自分がすでに許されていることを知る。ずいぶん気前のいい話だが、インスマス壊滅の原因となったオルムステッドですら軽い罰で済んだそうだし、ダゴン教団は基本的に寛大なのだろう。
 教団の入信者の務めとして「ダゴンの誓い」があり、その誓いが三段階に分かれていることは「インスマスを覆う影」でも述べられているが、プライス博士によると誓いには人間を深きものどもに近づける効果があるそうだ。そして第三の誓いまで達成したものには最終的な変容がもたらされるのだった。
 こうしてザドック爺さんは深きものどもの一員となり、今もイハ=ントレイで楽しく暮らしている。しかしインスマスの崖下には、かつて町の通りをさまよっていた老人の亡骸が打ち上げられていた……。
 予想通りの展開だと思いながら読んでいたら、最後の最後で「セレファイス」になってしまったので唖然とした。オルムステッドがザドック爺さんの話だけ金属筒に入れて海に流したというのも謎で、隕石の中から手記が出てくる「緑瞑記」を何となく連想させる。だが、この作品にプライス博士が加えた夢幻的な味わいはうまく功を奏しているように思われる。不条理ともいえる最後の段落がなかったら、逆に物足りなかったことだろう。

Blasphemies & Revelations

Blasphemies & Revelations