新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

暗黒の破壊神

 ダニエル=ハームズのThe Cthulhu Mythos Encyclopedia には這い寄る混沌ナイアーラトテップの化身として「暗黒の破壊者」が載っている。『エンサイクロペディア・クトゥルフ』には載っていなかったから、新顔の化身ということになる。

暗黒の破壊者(Dark Destroyer)
変幻自在であるが、この化身はしばしば発光しながら恐怖を放射する雲か、もしくは角の生えた人間のような姿をしている。アザトースの化身かもしれないというが、これはありそうにないことである。

 記述はこれだけである。いまいちピンと来ないが、「暗黒の破壊者」の出典はジョン=グラスビーの長編小説The Dark Destroyer だ。この物語は英国の寒村レッドフォードを舞台としており、採石場で発破を仕掛けていた作業員が何人も死亡する奇怪な事件が起こるところから始まる。ただ事ではないと思った開業医のポール=ウェストンは親友のオカルト研究家アラン=ガーヴェイを招く。500年前にデ=ウェルミス一族が招喚した「暗黒の破壊者」が今なおレッドフォードに巣くっており、採石場の爆破がきっかけになって活動を再開したのだということをガーヴェイは突き止める。
 人々は次々と「暗黒の破壊者」の餌食になっていく。都会からやってきた新聞記者とUFO研究家が殺され、さらに教会が炎上して牧師が焼死した。「暗黒の破壊者」は犠牲者の姿形を乗っ取って徘徊し、村中に恐怖を振りまく。ガーヴェイは大英博物館で『ネクロノミコン』を読んだりして対抗策を探し求めるが、村人たちは彼に協力するどころか「闇神様の気持ちを静めるために生贄を捧げるべえ」などと言い出す始末だ。生贄にされかけたウェストンをからくも救い出したガーヴェイは「ソロモンの印」と「カーラの儀式」を手に入れて「暗黒の破壊者」を滅ぼすのだった。
 マット=カーペンターは「退屈な作品」と酷評しているが(参照)、物語がいささか平板すぎるという印象は確かに否めない。もっともカーペンターはこの作品のハードカバー版を手に入れるのに45ドルも払ったそうだから、そこまでの価値はないと思って評価が手厳しくなるのだろう。私は1300円で廉価版を買ったので、腹が立つこともない。なお暗黒の破壊者には十字架が有効ということになっているが、これには「喰らうものども」などの前例がある。
John Glasby - Telegraph
 作者のグラスビーは英国人で、1928年生まれ。ノッティンガム大学の化学科を優等で卒業した後、研究員としてICIに勤める傍ら小説を書いていた。1950年代から60年代にかけて彼が発表した作品は300編に上るという。ただし、あまりにもたくさん書きすぎたために作品の質を犠牲にしたことも確かなようで、テレグラフ紙の記事もそのことに言及している。
 ダーレスはグラスビーの単行本をアーカムハウスから出版しようとしたが、その直前に急死してしまったため実現しなかった。それゆえロバート=プライスはグラスビーのことを「新ラヴクラフト・サークルの失われたメンバー」と呼んでいる。
 またグラスビーは天文学にも造詣が深く、『変光星観測入門』などの本を書いて王立天文学会の会員に選出された。Weird Shadows Over Innsmouth のために"The Quest for Y'ha-nthlei"を書くなど近年も執筆活動を続けていたが、昨年の6月5日に死去したそうだ。享年82。冥福を祈る。

The Dark Destroyer (Linford Western Library)

The Dark Destroyer (Linford Western Library)