新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

チャルマーズの手紙

 ピーター=キャノンに"The Letters of Halpin Chalmers"という短編がある。「ハルピン=チャルマーズの手紙」という題名から察しがつくように、フランク=ベルナップ=ロングの「ティンダロスの猟犬」の後日談だ。ヒポカンパス=プレスから刊行されたアンソロジーThe Tindalos Cycle に収録されている。
 ハルピン=チャルマーズがティンダロスの猟犬に惨殺されてから数十年後、チャルマーズの親友だったフランク=カーステアズも世を去った。フランクは「ティンダロスの猟犬」の語り手を務めた人物だが、カーステアズという姓を彼に与えたのはキャノンだ。
 フランク=カーステアズもチャルマーズと同様に作家だったが、天才チャルマーズの親しい友人であったこと以外では世間から注目してもらえず、晩年は困窮していた。この設定はロングの生涯をなぞったものである。*1もちろんチャルマーズはラヴクラフトその人に相当する。また、この作品の語り手はピーターという名のチャルマーズ研究家だが、彼はキャノン自身がモデルとなっている。
 ピーターはフランクの未亡人イダのもとを訪ねる。目当ては、チャルマーズからフランクに送られた膨大な書簡だ。それが手に入れば、チャルマーズ研究家としての名声は飛躍的に高まることだろう。ピーターはイダの突飛すぎる言動について行けず、カーステアズ夫妻とは何年も疎遠になっていたのだが、ここは何としてでもイダとよりを戻さなければならない。
 イダが一人で暮らしているアパートを訪れたピーターは隙を見てフランクの書斎に忍びこんだが、そこには何もなかった。彼がチャルマーズ書簡を探し回っていることを見抜いていたイダはいう。
「あなたは私たちのお友達だったから、欲しがっているものをあげようと思ったこともあった。でも何年も私たちを見捨てていたくせに、今さら虫のいいことを考えたってダメよ」
 イダがピーターに見せたものは、彼女が飼っている鸚鵡の鳥籠だった。紙を細かく裂いたものが鳥籠の底に敷き詰めてある。「もう底をつくから、また新聞紙を使わないとね」とイダがいうのを聞きながら、それがチャルマーズ書簡の成れの果てであることにピーターは気づくのだった……。キャノンの小説は往々にして楽屋落ちだらけだが、"The Letters of Halpin Chalmers"は自分自身をも戯画化している点が興味深い。
 イダ=カーステアズのモデルとなったのはロングの奥さんのリダ=ロングである。あまりにも奇矯な人物として描かれているので、さすがに誇張だろうと思いきや、本物はこれの倍以上もすごかったとロバート=プライスが解説で語っていた。
 チャルマーズのカーステアズ宛書簡は鳥籠の敷物にされてしまったが、ラヴクラフトのロング宛書簡も同じ運命を辿ったというわけではない。ラヴクラフトからもらった手紙をロングは早々と売り払ってしまったのである。そのことを彼は後になって後悔したという。

The Tindalos Cycle

The Tindalos Cycle